シロクマ文芸部 #来年は 『流転の彼方』(約1300字)
こんにちは!シロクマ文芸部さんの企画にまた参加いたしました。どうぞよろしくお願いします。
流転の彼方
来年はいい年にしたい。毎年年末にはそう思う。
子どもの時や若い頃は、大して抱負なんて考えなかった。友人や仲間とパーティーなどで集まって盛り上がり、0時になると同時にジャンプしたりしていた。就職して、結婚し、30も過ぎると子どももできて落ち着いてくる。
けれど、その頃になると順風満帆だと思っていた人生に翳りが見えてきた。ズルズルと、下り坂を滑り落ちるようにそれは起こった。
初めは仕事だった。俺は、証券会社の営業部に勤めていた。顧客に値上がりしそうな株を勧めるという内容で、成績もよかったし、客からの評判も上々で、やりがいもあり少しずつ役職も上がっていた。
けれど、リーマンショックの影響で不況になり、社内でリストラが起こる。それで、俺の部下の若い2人のどちらかが辞めて欲しいと、打診を受けたのだ。
彼らは入ってまだ2、3年で将来有望だった。そのうちの1人は、
「実家に仕送りをしてるんですよ」
と以前飲み会で話していたのを聞いたばかりだった。
「それなら自分が辞めます」
俺はそう啖呵を切り、部長に辞表を叩きつけた。いい事をしたと思ったが、その後がまずかった。就職活動を始めたけれどどこも不採用で、仕方なく地元の友人の親の会社へ入社した。そのうちどこかへ移ろうと腰掛けのつもりで。
けれど、次の所はなかなか決まらず、俺は肉体作業に明け暮れた。建築のための資材をまとめて担ぐのだが、1枚1枚が重く、重ねて待つと背骨が軋んだ。夏は炎天下だし、冬は極寒の中で一日中働く。かなりハードで、始めは帰るとすぐにダウンしていた。
給料も半分近く減り、生活が苦しくなる。それだけでなく、仕事を辞めた事を不満に思っていた妻が
「元の職場に戻ったら」
とか
「他の就職先は見つからないの?」
などとずっと文句を言っていたのに、それがだんだん減ってきていたので気にはなっていた。
ある日家に帰ると、部屋が真っ暗でもぬけの殻だった。
「祥子? カナ⁈」
俺はカバンを取り落とし、家中を探し回った。いないのが判ると、外へ飛び出して走り回る。しかしどこにいるか判らず、明け方にとぼとぼと家路についた。
結局、彼女らは妻の実家に身を寄せていた。戻るよう電話しても
「帰る気はないわ」
と言われ、すぐに切られた。しばらくして離婚届が届く。妻の欄に名前が書いてあり、
「氏名を記入して返送をお願いします」
と書いてある付箋が張り付けてあった。俺はその紙をすぐに破り捨てる。また届いたが、同じように処分した。そんな事が何度もあった。
俺は娘に会いたいと連絡したが、妻は聞き入れてくれなかった。季節はあっという間に流れ、カナは小学生になる。ランドセルを買わせてくれと伝えても
「両親が用意してくれたから」
とすげなく断られた。
俺はどこで間違えてしまったのだろう? いや、何も間違っていないはずだ。なのに、どうしてこうなった。仕事も、妻も娘も愛していたのに、全てが手のひらからこぼれ落ちてしまった。
来年こそは、家族で暮らせますように。何度そう願っただろう。
俺は独りで風呂に浸かりながら、過去を思い返す。けれど、毎年年末が来るとそう願わずにはいられない。
「来年は、今年より良い年になるといいな」
とつぶやく。天井に結露した水滴が、ピチョンと一滴水面へ落ちた。
了
めでたいはずの年始なのに、重い感じの短編を書いてしまいました。中年の悲哀を背負った男性が刺さるんですよね。
今年も性癖に素直に生きていこうと思います() どうぞよろしくお願いします!