【掌編小説】足跡の手紙
「今までありがとう。さよなら」
荷物に同封する手紙にそう綴ると、あらためて悲しみが込み上げ、涙で視界が滲んだ。
同じ大学で知り合い、約半年付き合った恋人の拓也から別れを切り出されたのはつい一昨日のこと。
別れの理由は「他に好きな人ができたから」。
しかもその相手は、私の友達の利穂と言うから、ショックは倍増。
別れを切り出すからには、既に告白してOKをもらってるんだろう。
もし、断られたら何事もなかった顔をしてそうだ。
別れる理由を「利穂と付き合うことにしたから」と言わないのは、拓也なりの優しさかもしれない……。
けど、私にとってはそんなことはどうでもいい。
確かに利穂の方が私より可愛い。それは誰もが認める話。
それでも、この半年の付き合いは何だったのか!
利穂も、私と拓也が付き合っていることは知っていたくせに!
告白されたからって私に何の断りもなくOKしてしまうって、どんだけなの!? と腹立たしくなる。
付き合っていたとは言え、将来の約束をしていたわけでもないし、こんなこともあるかもしれない。
それでも、私にとっては恋人と友達を一度に失う大事件で、一昨日と昨日は部屋にこもって随分泣いた。ご飯に呼ばれても部屋から出れなかった。
少し落ち着いた今日は、拓也が私の家に置いて行ったままの私物を送り返すためにまとめていた。もちろん着払いにしてやる。
あらためて悲しみが込み上げ涙で視界が滲む私に、飼っている猫のデイルが、寄り添うように机の上に乗って腕に頭を擦りつけた。
拓也もデイルを可愛がって、よく2人ではしゃぐようにデイルと遊んだりしたのに。
デイルの体を撫で、私は机の上に突っ伏す。
窓から射す光が暖かい。
夜あまり眠れずにいたこともあって、私はうとうとと眠り始めていた。
「君を泣かすなんて、あいつは酷い奴だよね。でも、君の良さがわからないような奴とは、そもそもそれまでの縁だったのさ」
……誰!?
声に顔を上げると、デイルが朱肉の蓋を前足で器用に外すのが見えた。
そしてデイルは、右前足の肉球を朱肉にとんとんと乗せ、そのままその足を手紙の上にぽんっと置いた。
「デイル!?」
私の声に手紙から顔を上げて、デイルがにまっと笑顔を見せた。
「僕もさよならの印をつけておいたよ。これを見たらあいつも、君と僕と楽しく過ごした時間を思い出して、自分のしたことを悔やむかもね」
得意気にそう言うデイルに、私は口をパクパクしながら驚きの言葉を絞り出す。
「デイル……しゃべってる……」
「あぁ……うん。実は僕は、特別な力を持った猫でね。しゃべれる時もあるんだ」
えへへと照れたように笑いながら、デイルはゆらゆらと尻尾を揺らした。
「君はとてもステキな人だよ。あいつがそれをわかってないだけ」
デイルはきらりと目を光らせ、包み込むような優しい口調でそう言った。
「そう……かな?」
悲しみが心に影を落として、とてもそんなふうには考えられない。
「どんなところがステキだと思うの?」
「そうだね……」
目を閉じて少し考える様子のデイルは、再び目を開けてにっこり微笑む。
「優しいところ。笑顔がステキなところ。声が温かくて落ち着くところ。一生懸命になれるところ。楽しいことを楽しめるところ。好きなことを好きって言えるところ」
「そう……?」
そんなこと? と思うところもあるけれど、自分が思う自分の良さと、他人が思う自分の良さは、同じとは限らない。この場合、相手は人ではないけれど。
「そうだよ。でも、一番ステキなのは優しいところ。僕だったら、あいつが置いて行ったものなんて捨てちゃう」
デイルの言葉に私は、あはは……と力なく笑う。
私の頬に、デイルがそっと頬をすり寄せる。
「君はステキな人だよ。あいつがわかってなくても、僕はわかってる。今は悲しくても、君の未来には楽しいこと、ステキなことが、たくさん待ってる。大丈夫。大丈夫だよ」
デイルの言葉が、傷ついた心にじんわりと染みて行く。
私は込み上げる思いに嗚咽を漏らし、そして声を上げて泣いた。
泣き続ける私に、デイルは「大丈夫だよ」と言いながら、頬に頬をすり寄せ、寄り添い続けてくれた。
気がつけば、泣き疲れて眠っていたようだ。
ハッとして顔を上げる。
「デイル」
傍でうずくまっているデイルに声をかけるが、もう「何だい?」とは言ってくれない。
先程のデイルとのやり取りは夢だったのだろうか?
それでも……。
机の上の拓也への手紙には、しっかりと朱色で押された肉球印が残されていた。
抱き上げたデイルの右前足には、朱肉の上に乗ったかのような朱色の跡が。
朱肉の蓋を戻しデイルの右前足を濡れタオルで拭くと、私は「デイル、ありがとね」と声をかけた。
デイルはただ「にゃあ」と鳴いて、私をじっと見つめた。
その瞳は満足そうに煌めいていた。
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