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火と華の国

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戦国風小説全八話
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2024年9月の記事一覧

四ツ蔵の半蔵

半蔵が今までに口にしたことが無いほどに旨い牡丹鍋。
あまい脂の猪肉。
それは猪を飼い米を食わすことで出来るらしい。
「猪に米を食わすんか?」
半蔵が驚きを口にすると高田は事も無げに言う。
「稲を刈ってな、中秋を過ぎた頃にもう一度、田に水を張っておくと冬前の刈られ後に細稲を実らすのじゃ。これも米は米じゃがな食うには難いからの、それを猪に食わすと脂が増え実に旨く育つのじゃ」
「はぁ猪に米を食わすんかぁ

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三、猪鍋奉行

四ツ蔵は、あの醜悪な大黒がかしこまり、その横に物言わぬ人形のように据え置かれたリンの姿を思い浮かべた。
「いや、それはアカンて…」四ツ蔵は思わずそう呟きながら身を乗り出した。
「将軍と居を同じくするか!!」
陽下将軍が目を血走らせるかに怒りを露わにし、すでに空となっている茶碗を手に掴み振り上げた。
リンと高田が反射的に手で制した。
「母様!」「陽下様!」
既で陽下将軍は茶碗を投げつけるのを思いとど

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二、半身の半蔵

薄い半纏を羽織り植木鋏を手にした一人の老人が広く枝葉を拡げる黒松や梅に桜といった庭木、鉢に植えられた皐月や銀杏の盆栽を剪定していた。
だがその仕事はとてものんびりしたもので一枝を一寸落とすだけで四半刻も悩むので一向に進まなかった。
老人の名は四ツ蔵と言う。

四ツ蔵のいる屋敷から遠く離れた所を畑仕事を終え籠を背負う百姓がその孫達に引っ張られる様に家路についていた。
百姓は四ツ蔵の姿を認めると深々と

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一、幽世の剣

そこにいた全員が、数十人分の肉塊に目を奪われていた。
とても見るに堪えない光景だが、目をそらすことは出来なかった。
死体。ではなかった。あまりにも凄惨なその光景はそれらが元は生きていた人間だとは思えないほどのものだったからだ。
血の流れる音もなく死を拒絶しようとする断末魔も絶えた静寂の中で漂い始めた死臭だけがそれらがただの肉塊ではなく人の死体であることを主張し始めていた。

爺さんが一振りの刀を手

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