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火と華の国

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戦国風小説全八話
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終、忍の半蔵

封魔の双頭、小太郎は不敵な笑みを浮かべる蜥蜴と睨み合う。
どう逃げるつもりだ。弟の大子郎も異変を察知し構えた。
蜥蜴は不敵な笑みを浮かべたまま立っている。
蜥蜴の盗みの技がどういった物なのか小太郎はそれを見たことはない、だがそれがいかなる技であろうと封魔の双頭を前にしているのだ、逃げ果せるわけがない。
だが蜥蜴は逃げるどころか一歩踏み進めた。
小太郎は蜥蜴が向かってくるとは思っていない。
蜥蜴は信

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七、蜥蜴の尻尾と双頭の封魔

関を西に越えた京の都。
京を南に坂ノ国も越えたところに若山と言う国があり、そこの黒山に一匹の獣がいた。
名を中蔵と言う。
中蔵は流れの一匹獣でどこからか来たのかを知る者はいない。
そもそも流れ獣に興味を持つ者などいない。若山の黒山の頭目はもちろん中蔵などと言う獣を信頼することは無かったがそれは全ての獣同士がそうだ。
何れにせよ中蔵は若山の黒山に居つくことになった。

銭と飯以外に繋がりなどなく信頼

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六、外道の剣

半蔵は茶碗を手に怒り震える様の陽下将軍を見てかけがえのないものを失ったことを知った。
「巴様・・・いや、陽下将軍」
「将軍の位衣はそないに温いものですか」
「無礼な!!」陽下将軍は茶碗を半蔵に投げつけた。
儂と団子の串を皿に並べた巴様はもうおらんのや。ここにおるんは将軍様か。

大殿、半蔵は今、四つの蔵を満たしましたわ。
四つの蔵を満たした半蔵は今ここに人に成り得た。

大殿が遂にはこの国の戦火を

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五、御楽子団子

関西の忍びである中蔵は首を納めた箱を手に西国に残る最後の横八華、坂ノ家当主信康公のいる大坂の地へと向かっている。
背に受けた傷が痛み足取りは重いが首にかけた六文銭がより重い。

中蔵は初めて信康公の前に膝をついた。
信康が配下である石川が首箱を開け中身を改めた。
「間違いござりませぬ」石川が信康に耳打ちすると信康はにやりと笑った。
「中蔵、面を上げい」
そう言われ中蔵は更に深く頭を下げた。
「許す

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四ツ蔵の半蔵

半蔵が今までに口にしたことが無いほどに旨い牡丹鍋。
あまい脂の猪肉。
それは猪を飼い米を食わすことで出来るらしい。
「猪に米を食わすんか?」
半蔵が驚きを口にすると高田は事も無げに言う。
「稲を刈ってな、中秋を過ぎた頃にもう一度、田に水を張っておくと冬前の刈られ後に細稲を実らすのじゃ。これも米は米じゃがな食うには難いからの、それを猪に食わすと脂が増え実に旨く育つのじゃ」
「はぁ猪に米を食わすんかぁ

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三、猪鍋奉行

四ツ蔵は、あの醜悪な大黒がかしこまり、その横に物言わぬ人形のように据え置かれたリンの姿を思い浮かべた。
「いや、それはアカンて…」四ツ蔵は思わずそう呟きながら身を乗り出した。
「将軍と居を同じくするか!!」
陽下将軍が目を血走らせるかに怒りを露わにし、すでに空となっている茶碗を手に掴み振り上げた。
リンと高田が反射的に手で制した。
「母様!」「陽下様!」
既で陽下将軍は茶碗を投げつけるのを思いとど

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二、半身の半蔵

薄い半纏を羽織り植木鋏を手にした一人の老人が広く枝葉を拡げる黒松や梅に桜といった庭木、鉢に植えられた皐月や銀杏の盆栽を剪定していた。
だがその仕事はとてものんびりしたもので一枝を一寸落とすだけで四半刻も悩むので一向に進まなかった。
老人の名は四ツ蔵と言う。

四ツ蔵のいる屋敷から遠く離れた所を畑仕事を終え籠を背負う百姓がその孫達に引っ張られる様に家路についていた。
百姓は四ツ蔵の姿を認めると深々と

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一、幽世の剣

そこにいた全員が、数十人分の肉塊に目を奪われていた。
とても見るに堪えない光景だが、目をそらすことは出来なかった。
死体。ではなかった。あまりにも凄惨なその光景はそれらが元は生きていた人間だとは思えないほどのものだったからだ。
血の流れる音もなく死を拒絶しようとする断末魔も絶えた静寂の中で漂い始めた死臭だけがそれらがただの肉塊ではなく人の死体であることを主張し始めていた。

爺さんが一振りの刀を手

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