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パソコンの夢が小説の夢を食べる

子供の頃から好きなものといえば、パソコンと本でした。物心ついたときからひとりでいるときは常に本を読んでいた記憶があります。
パソコンと出会ったのは、小学生のときでした。まだファミコンが出る前の話です。すがやみつるさんの伝説的パソコン教育漫画「こんにちはマイコン」(当時は「パソコン」を「マイコン」と呼んでいました)を読んで、自分でもパソコンでプログラミングがしたくなりました。
でも、小学生がパソコンを買えるわけがありません。今では信じられませんが、ディスカウントストア(今で言うとドンキホーテみたいな店)が、発売したばかりのNEC「PC-6001」を置いて、50円を入れると30分だけ使うことができる商売をしていました。
僕はなけなしのお小遣いから50円を払って、パソコンを操作してプログラミングの練習をしました。当時はハードディスクはおろかフロッピーディスクドライブも内蔵していないので、電源が切れれば入力したプログラムが全て消えてしまいます。制限時間になり電源が切れる直前になると自分が書いたソースコードを目視で暗記して、自宅でノートに書き写し、翌日プログラムの続きを打ち込みました。

中学で「PC-8001mk2」を買ってもらい、本格的にパソコンを使うようになりました。
それと並行して、本を読むだけに飽き足らず小説を書くようになりました。大学卒業後は、小説家への近道と勝手に考えていた出版社(兼広告代理店)に就職しました。
ところが3年後、世界的ブームになったWindows 95に触れると、ITが世界を変えると思い込み、再びパソコン熱に火がつき、外資系コンピューターメーカーに転職することにしました。

ITを生業としながらも小説家になる夢を諦めきれず、働きながら執筆と新人賞投稿を続けて、2023年に商業作家デビューすることができました。

こうやって自分の過去を俯瞰すると、パソコンと小説に左右されてきた人生だったと思います。
その間に、世の中は大きく変わりました。
大昔はディスカウントストアの一角にひっそりと置かれていたパソコンは、今では全てのオフィスのデスクに置かれ、パソコンの末裔であるスマホをほとんどの人が持ち歩く時代になりました。
子供の頃からデジタル好きな僕にとって大変嬉しい時代なのですが、一方でそのデジタルの波が小説家の夢を壊そうとしています。

どういうことかというと、デジタル化が進んだことで街の書店が次々となくなっているのです。「小説って電子書籍より紙の本が売れているんじゃないの?」と言う人もいると思いますが、今までリアル書店の売り上げを支えてきた雑誌と漫画がデジタル化により紙の媒体が売れなくなってきたため、書店の経営が悪化しているのです。
僕が住んでいる市でも、今年になって2軒の書店がなくなりました。近くの書店では単行本形式の小説コーナーが消滅していました。
書店が減っても、Amazonなどのネット書店で本は買えますが、ネットショップでは検索して指名買いをする顧客が多く、書店のようにふらりと立ち寄り、店頭で目についた表紙の本を買うということは稀です。
すでに人気作家の本ならそれでも買ってくれるでしょうが、僕のように新人作家の本はなかなか検索してもらえません。

書店が減れば出版社の売り上げも減少します。もともと、書籍販売の多くは赤字で、たまに出るヒット作で赤字を補填しているような状況でしたから、経営が厳しくなれば赤字になりそうな書籍の出版に出版社はますます慎重になっていきます。「売れない小説」への風当たりは強くなり、新人小説家のような売れるかどうかわからない本が出版されにくくなっていきます。
書店の減少は、新人小説家にとって死活問題なのです。
紙の本が売れなければ、電子書籍で販売すればよいという意見もあるでしょうが、コミックと違い小説の電子書籍の比率は1割程度で、現状は紙の本の減少をカバーできていません。

僕がずっと抱いていたデジタルで世の中が便利になる夢は実現し、小説家になる夢も実現できましたが、その二つの夢が相反し、デジタルの夢が小説の夢を食い潰することになるとは思いませんでした。
デジタル化は今後もあらゆる場面で進化していくでしょうし、将来的にはAIがさまざまな役割を担うことになると思います。その流れは止まらないでしょうし、著作権保護のためにある程度の規制は必要でしょうが、原則的には止めるべできではないと考えます。
そう考えてしまうのは、子供の時分に未来そのものに見えたパソコンへの憧憬がまだ僕に残っているからだと思います。

現状はあまり明るくはありませんが、やっぱり小説を書く行為は好きです。市場は縮小していても、書店や出版社で頑張っている人はたくさんいます。
未来がどうなるかは誰にもわかりません。政府が取り組みを開始しているように地方の書店が保護されて、再び増えていくかもしれません。
どんな未来が待っているかはわかりませんが、小説を書き続けて、良い物語を出していきたいと思っています。

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