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[短編]園世 #6 白鯨

 日差しがギンギンと照りつける水面に、白鯨が背中を打ち付けた。
 イワシの群れは、自分が巻き込まれたくないと一生懸命だ。慣れているはずなのに、ヒレを精一杯動かして、他のイワシの行く手を妨害する。それが続くと、群れは次第に穴が出来はじめる。
 白鯨が、口を開けて、イワシの群れを横断する。こうなれば、イワシはあの口の中へはいる。口の中の暗闇へ入って運良く出てきたものは、生きていることをまさに実感するであろう。

 その白鯨に「やぁ、俺は白鯨の一員だ」と公言するかのように多くの小判鮫がついている。
 まるでくっつくためかのように生まれてきたようである。
 白鯨は、むしろ気づいていない。気づいていたとしても、まさか吸盤でくっついているとは思わないだろう。最早、体の一部と捉えているだろう。
 白鯨に注意するものもあった。
「君のお腹の鮫を除去してやろうか」
白鯨は、笑った。
「どうせ、そんなことをしても私には全くメリットなんてない」
「脱毛のようなものですぜ」
「最近は、脱毛の広告が多くて疲れるな」
白鯨は、ヒレを横に振ってその場をゆっくりと離れた。
そのうちに、小判鮫の一匹が言った。
「なぁ、白鯨さん。あなたには天敵がいなくていいですね。僕らなんて、すぐに襲われてしまう。ほら、見てください。あそこに沈んでいるのは僕ら仲間ではありませんか」
白鯨は、また大きな声で笑った。
「天敵か…。小判鮫くん。どうやら、私はあなたたちが天敵のようだ。色んな広告を押し付けられるから」
小判鮫は笑った。笑われるとお腹がくすぐったい。
「白鯨さん。もう少し、狩りに出ませんか。天敵もいないあなたなら、大きなダイオウイカだって真っ青になりますよ」
「そうとは、言いきれないけどね。まぁ、君の言うとおりかもしれないよ」
「じゃあ、狩りに行くってことですか!」
「いいや、違うよ。天敵がいないのは狩りに行かないからということさ」
「でも、凄いですよね。そんな大きな体なのに、食事はほとんどプラクトンで大丈夫なんですもの」
お腹にいて、白鯨の顔が見えないからって好き放題呟いている。
「君たちはいつまで、私のお腹にいるつもりなんだい?」
白鯨は、皮肉めいて聞いてみた。

 ずっと、貼り付いている小判鮫はいない。ある程度、体が大きくなったら、自立するために私のもとを離れる。
 私の元に貼り付いているのは、大人になっている小判鮫たちだ。もうそろそろ、自立するべきだ。私は心のそこでそんな風に感じている。だけど、いつまでも私のそばを離れてくれない。こんな、小判鮫たちははじめてだ。最近は、露骨に海面ジャンプを多めにしている。こうなってくると意地の張り合いにはなるが。

  夜分、私は緩やかな流れを泳ぎ、起きている小判鮫たちに、その話をしてみた。
「自立できない理由でもあるのかね」
「広大に広がる海が怖いのです」
「君らの先祖はしっかりと、大海に出ていったぞ」
「だって、このままずっとここにいた方が楽な気がするから!」
「そんな、甘ったれた根性など許されるか!」
私は大声を上げた。その一方で私の、のんびりなライフスタイルが彼らに悪影響を与えてしまったと、後悔する気持ちも生まれていた。
「お前らの祖先はプランクトンばかり食べていたわけじゃない。色んな魚を一匹だけで捕まえる力はあったぞ!お前らに足りないものは事前の準備と、気持ちなんだよ!」
私にしては残酷なことを言ってしまったように思う。だけど、私は恨まれてもいい。とにかく、私が亡くなったとき、彼らが何も出来ないようじゃ、彼ら自身が困るのではないか。私もとっくに、平均寿命は過ぎている。いつ死んだとておかしくない。

 白鯨と、小判鮫は海のなかへ潜水していた。白鯨は昨日の後悔を、すぐに行動に移したのだろう。
「さぁ、こっから危険な水域に入る。ここには魚の目でも暗く感じるようなところだ。ウツボやサメと目があっても決して逃げようとするな。私がいい、と言うまで絶対に私のもとを離れては行けない」
白鯨一行は、手始めにマグロを襲うことにした。
「お前さんたちは鮫だ。決して、下手に暴れては行けない。獲物を見つけたら対象の動く方向を予想して動け!それが出来たら、エラに向かって思いきり歯を向けろ!チャンスは一回きりだと思うんだ。それを下手に追いかけるなよ。下手に動くと、死角からサメに狙われるからな」
小判鮫たちはお腹に貼り付くのを止めて、マグロのいる方へ群れになって歩みだした。白鯨は、その戦闘を見ていた。
 現場は見ていて面白かった。マグロが小判鮫の間をするりするりと抜けていく。まるでサッカーのような光景であった。
 しかし、結局、マグロには逃げられてしまった。白鯨は、小判鮫たちを呼び寄せて、お腹に捕まらせた。中には涙を流すやつまでいた。やれやれ、と感じた。

 白鯨一行は、またもや獲物を探して、泳いでいたが、全く魚がいないことが分かってきた。今日だけ限定で魚が少ないということが海にはある。
 白鯨は、仕方なく海面に出ようと思った。しかし、不穏な影が白鯨を包んだ。シルエットで分かった。そう、ダイオウイカだった。
 ダイオウイカとマッコウクジラは、よく争うらしい。結果はどちらが勝ってもおかしくないらしく、いい勝負になるらしい。
 ただ、白鯨は戦ったことなんてそんなにない。もう、年寄りで、喧嘩する気すら起きない。
 だけど、ダイオウイカは本気だった。今日の魚の少なさから、お腹はペコペコだろう。

 ダイオウイカは、その華奢な足で、手始めに顔を包んできた。まずは視界から奪おうとしているらしい。

 白鯨は、小判鮫たちに
「捕まってろよ、絶対に!」
と言った。

ダイオウイカの行動は一瞬だった。足で白鯨を纏うと、そのまま海の奥に引きずり込んだ。

白鯨は油断していたらしく、そのままずるずると行ってしまった。

辛うじて目が見えるような暗い場所に連れてかれると、白鯨の顔面に墨を浴びせた。

小判鮫はただごとじゃないと思い、ダイオウイカを取り囲んだ。

しかし、その長い足で、小判鮫が垂直に叩かれる。

水圧が強い海底に引き込まれたらしく小判鮫たちは泳ぐのも必死だ。

最早、何も出来なかった。
 
しかし、白鯨は必死に闘ってくれている小判鮫を見て闘志を振り絞った。

ダイオウイカに思いきり体当たりをした。

若干怯んだ。

そこを小判鮫たちがかじりついた。

ダイオウイカは足をバタバタ動かして暴れる。

白鯨は、ダイオウイカの体に思いきり食らい付いた。

食らい付くと、ダイオウイカの足が顔に巻き付いてくる。

それでも、食らい付いた。

小判鮫たちも必死に足の動きを封じようとしている。

ダイオウイカの力が弱くなってきた。

足の動きも止まった。

その姿は圧巻であった。

激しいぶつかり合いである。

ダイオウイカを気絶させると、白鯨はそのまま動かなくなった。

イカの足によって、窒息してしまったのだろうか。

小判鮫たちは、水圧の重さで、思うように上へとは泳げなかった。

仕方なく、白鯨にしがみついていた。

半ば、殉死するような気持ちで。

冷たい水の中で、小判鮫たちは気を失っていた。だけど、頭は白鯨に貼り付いていた。

小判鮫たちはむせび泣いた。

誰一匹として、話すものはいなかった。





目が覚めると、太陽の日が照った海面にいた。

小判鮫たちはそれがもといた場所だと分かると涙を堪えきれなくなった。

白鯨が死んで体が軽くなり、浮き上がったと考えられる。

「捕まってろよ!絶対に!」

最後に聞いた白鯨の言葉が小判鮫たちを救った。

その言葉を信じていたからこそ助かったのだ。

そんな風に一匹の小判鮫は考えた。

だけど、一つおかしな点があった。

そう、白鯨の姿はなかったのだ。

誰かに食べられてしまったのだろうか。

それとも、死んだふりをしていたのだろうか。

だけど、小判鮫たちは何も言わなかった。

お互い思っていたこともあっただろう。

白鯨を探すなんて選択肢もあったはずだ。

だけど、彼らは探さなかった。

彼らは海中に列を組んで泳ぎ始めた。

「あのイワシのなかへ飛び込んでみるか」

この時、誰かがそう呟いた。


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