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[短編]園世#10 「根中」

 最近、虫たちはよく嫌われる。スズメバチ、クモ、ゴキブリ…。好かれている虫は、カブトムシ、クワガタくらいなもんだ。これがおかしい。まぁ、ニンゲンに嫌われてもどうってことない。この世界は、多種多様だ。何にモテても、何にモテなくてもよい。ただ愛し、愛されればよいのだ。

  雑木林の中で誰かが昆虫たちを集めて話をしている。カマキリの若松さんだ。若松さんは、スッポンの年の功さんとは、対な存在である。昆虫は若松派で、動物は年の功派なのである。
  夜になると、カブトムシとクワガタが地面から、のそのそと出てくる。
「ヤバい。静かにしなきゃ」
そう言ってセミたちは黙る。蜂たちも巣に帰る。カナブンたちは、蜜の場所を教えるように緑の体をカブトムシ、クワガタたちに教えて商売をしている。つまり、夜はカブトムシとクワガタの支配園だ。
  そんな中にとても喧嘩が強いやつがいた。クワガタであだ名は、アメリカンヤンキー。つまり、外来種である。
 アメリカンヤンキーは、ギラファノコギリクワガタの仲間だ。喧嘩に一回も負けたことがなく、蜜を独り占めにして、笑っていた。メスも吹き飛ばす容赦ない存在だった。

  晩に蜜をジュージュー吸っていると、木のウロの中からクワガタのメスが出てきた。アメリカンヤンキーは、そいつを吹き飛ばそうと思ったが、そのクワガタを見て驚いた。虹色に輝くボディ。ニジイロクワガタのメスである。またまた、外来種だ。一瞬で目が奪われた。
「おい!蜜吸わせてやるからこっち来い」
「いや、あの、いいんです」
「なんだと。テメェ!痩せっぽい体して何が楽しいんだ」
「何も楽しくありません」
「だから来いよ。蔵王の御釜のような蜜があるからさ」
「あなた、私に恋してるの」
「当たり前だろ。俺の目が輝いてやがるぜ」
「はっはっは。あなた馬鹿ね。外来種同士のくせに何言ってんのよ」
「この野郎!力ずくでも掘り出してやろうか」
「もういいわ。私、飛ぶ」
その子は、飛んでいってしまった。雑木林では、ほとんどが一期一会である。アメリカンヤンキーは、下を向いて木を一生懸命、剥いていた。“悔しい!悔しい!”

  その後、アメリカンヤンキーは、どんどん敵をなぎ倒していった。そして、ほとんど無傷で蜜を独り占めにしまくった。アメリカンヤンキーが通った後は地面に無数のカブトムシやクワガタが散らばる。
「はっはっは。まるで本田忠勝のようだ!」
アメリカンヤンキーは、そう言って酔狂していた。

  やけに木が生い茂っているところに来た。ここは、どうやらオオクワガタのオクワさんがいるらしい。ここのボスだ。一気に目標ができた。
“よしっ、こいつに勝てば俺は日本で最強の武士だ”
そう思ってオクワさんの住むウロに入っていった。
  中に入るとノコギリクワガタやヒラタクワガタが大量に住み着いている。将軍のお膝元だ。そいつらをなぎ倒して木のウロを歩き回っていた。
木の穴の中から大きな音が聞こえてきた。どうやらオクワさんの角から出る音らしい。少し怖くなったがアメリカンヤンキーは、翼を広げて音の方に向かった。
  オクワさんは、アメリカンヤンキーの存在に気づいてたらしくオクワさんから顔を出してきた。
「おい!君。何をしているんだね」
「俺の名前を知らないのか」
「知らないね」
「俺の名前はギラファだ」
「あぁ、あの“アメリカンヤンキー”か」
「なんだと。俺と勝負しろ」
「あぁん!お前みたいのが俺と勝負だと。はっはっは笑わせるぜ」
「喧嘩は止めて!」
その声の方向を見るといつか見たニジイロクワガタのメスがいた。
「ニジミは黙ってろ」
「おい、オクワ。“ニジミ”って誰だ」
「はっはっは。俺の妃だよ。ニジミはいやがっているがね」
「この野郎!」
そう言ってアメリカンヤンキーは、オクワさんに手を出した。不意打ちの一発で仕留めるつもりだったが失敗した。
「不意打ちとは、卑怯だね。まるで真珠湾攻撃じゃないか」
「ニジミを帰せ」
「とうとう気が狂ったかね。坊や」
そう言ってオクワさんは。アメリカンヤンキーの胴体にハサミを入れてなぎ倒した。アメリカンヤンキーは、追い出された。空から落ちる感覚だ。ゴツン、と頭を打つと何もかもを忘れていた。傷だらけである。
  それから、蛹室のような部屋を地面の中に作って餓死した。アメリカンヤンキーは、死ぬ前に思う。
“本田忠勝は、途中まで一回も傷を負ったことが無かったが、傷を負った時に病気で死亡したらしい。これが私の死とどう関係しているのかは分からない。しかし、負けてならないプライドを作ってしまうとそのプライドの中で腐ってしまう。あるはずの命を腐らせてしまうことになる。あぁ、愛するニジミさんよ。君が隣にいたら死ぬことは無かっただろうに。逆に君を見つけてなかったら死ぬことは無かっただろうに”

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