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奴隷天国_ちぎれるまで尻尾を振りなよ|Essay
「早く隠居したい、仕事辞めさせてくれー」と考えはじめてから、すでに5年ほど経つ。なにがこんなにオレを躊躇させてきたのだろう?
いろいろ考えてみたけど、老後資金のことに加えて、高齢者雇用安定法の「65歳までの雇用確保の義務づけ」が大きい。人様が65歳まで働いているのに、オマエは60手前でドロップアウトしていいのか?という同調圧力が自分の心の中にも存在していたようだ。「バカだな。そんなの年金の財源を確保したい日本政府の悪企みに決まってるじゃないか」と一方ではわかっているのに…
嗚呼、オレってフランス人ならよかったのにな。フランス人ならきっとこう考えるだろう――
「定年制度は国家と労働者の契約だろ。それを一方的に変更されることに怒りを感じないのかい?」
そもそもフランスには、市民が政府の決定に対して積極的に反対する文化が、フランス革命以来しっかりと受け継がれている。政府に対する不信感も根強い。労働者の権利を勝ち取るためのストライキは日常茶飯事だ。
それに彼らは、仕事よりも生活を重視する。「働くために生きる」のではなく、「生きるために働く」のだ。退職後の人生を思いきり楽しみたいから、政府が定年を延長することは、余生を奪うことだと強く反発する。
ほんの数年前まで、当たり前に60歳になったら引退して、潤沢な年金で悠々自適の人生を楽しんでいた。そう、団塊の世代~しらけ世代~新人類世代の諸兄は、成長社会の甘い汁を吸ってきた勝ち抜け組だといえよう。すべての制度や時の運がこの世代に味方しているかのようだ。それなのに、これからの世代に何を残すことができたのやら…
…愚痴が高じて、口さがなくなってしまった(まあオレらも大差ないのだけどね)。時を戻そう。
日本人は政府に従順だ。日本の民主主義は、フランスのような市民革命による権利の奪取ではなく、明治維新や戦後のGHQ支配を通じて上から与えられた棚ぼたの民主主義だからだろう。「おかみに従う」という慣用表現があるくらいだし。
日本社会では和を尊しとする文化が根付いていることも、組織の決定に異を唱えにくくする要因になっている。少子高齢化が進んでいるから年金制度の維持が難しくなっているという政府のプロパガンダで、「定年延長やむなし」のムードが頼みもしないのにできている。行儀のいい子だねぇ。
けれど致命的なのが、日本人は働くのが好きということだ。いや、働いていないと暇をもてあまし、不安にかられて仕方ないのだ。「高齢になっても社会に貢献したい」と考える人の存在で、定年延長に対する社会全体の拒否感が低く抑えられている。
そういう輩にオレは言う。「ブルシット・ジョバーのあなた、貢献なんて自分がそう信じたいだけの、幽霊みたいな言葉さ」
だから近くひとまず仕事を辞める。協調性や「労働は美徳」という考えの重力圏から脱する。
働くことはたぶん続ける。だけど今までのような働き方ではないし、間にできればサバティカル休暇なるものをはさみたい。
政府や中央官庁に対しても基本、懐疑的になろう。定年延長も年金繰り下げも新NISAも中居くん事変もやつらの陰謀だと思おう。さっきの「おかみに従う」という言葉に「お」をもうひとつ付けてみるといい。「おおかみに従う」になるでしょ(チーーーン)
労働者よ、欺瞞に目を覚ませ! 老後の安息を奪い、死ぬまで働かせようとする搾取の鎖を断ち切るがいい! とジャン=ポール・マラーなら云うよね〜
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