ゲーム依存症について子どもたちも考えている
どーも、札幌にある多機能型児童デイサービスSOYNEで働いている伊藤です。
今回は、「ゲーム依存症について子どもたちも考えている」というお話をしたいと思います。
不定期で「座談会」をしている
SOYNEでは、1時間の軽食休憩中に「座談会」を開催することがあります。
1つのテーマについて、子どもたち同士で意見を出し合い、自由に感じたことを話してもらう場を提供しています。
まだ、「話し合い」の経験が少なく、なかなか子どもたちだけで話し合うのが難しいので、ファシリテーターとしてスタッフも入りますが、割とざっくばらんに自分達の意見を出してくれます。
過去に開催したテーマは
・家庭のルールについて
・効率の良い勉強方法は?
・ゲーム依存症について
などなど
子どもたちから出たテーマや、こちらが用意したテーマで座談会を開いています。
ゲーム依存症についての座談会にて
子どもたちに「ゲーム依存症とは?」とイメージを聞くと
・日常生活に支障をきたすほど、ゲームをしている
・ガリガリ、目の下のクマがすごい、髪ボサボサ
・カーテンを閉めて、ご飯を食べない、外出しない
というような意見が出ました。
SOYNEに通う子の中にも、不登校で家でゲームばかりしていて、親に心配されている子もいます。それこそ、1日中部屋から出ないでゲームしている子なんかもいました。
そんな子どもたちに「依存症とは?」と聞くと、このように大人から聞くのと同じようなイメージが出てきました。
さらに話を聞いていくと、自身の体験談を話す子も出てきて
・部屋からほとんど出ないで3日間ゲームし続けたから、依存症だったかも…
・夜ご飯を朝に食べて、昼ごはんを夜に食べるみたいな生活をしてた
・1日23時間ゲームしたことがある
など、「自分も依存症みたいな感じだったかも!」みたいな発言ができていました。
ここで大事なのは、これらの発言が「依存症で正しいのか」ということではなくて、自身を客観的に振り返って、「自分もそうだったかもしれない」や「依存症の人ってこういう人のことかも」のように想像できていることが素晴らしいなと感じました。
決して「俺は違うから大丈夫」や「全然想像もつかない」とかではなく、
「ここまでゲームしてたら依存症だからやばい」とか「こうなったらまずい」のように、子どもたちなりのボーダーラインや危機感を持っていて、「別にいいじゃん」みたいな雰囲気ではなかったということです。
もちろん
「わかってるから大丈夫」と言いたいわけではありません。
むしろ「俺はわかっているから大丈夫」と思っている方が危険なこともありますよね。(中途半端な自信が一番危ないよね)
ただ、少なくとも『無関心』ではなく『自分なりの基準を言語化』できていて、かつ、『ゲーム依存症までいったらやばいよね』みたいな危機感を持っていること(自覚していること)は良い傾向だなと思いました。
大人(保護者や支援者)から見ると、心配になるのは当然ですが、意外と子どもたちも考えているので、「わかっていてもやめられない」にならないようにサポートするのが良い距離感かなと感じました。(ルールや付き合い方は、厳しく大人が線引きするのも大切ですが、そこはお子さんとちゃんと話あって、ある程度の納得感があるとさらに良いと思います。)
あ、最後に「俺も依存症だったかも!!」(本当に依存症だったかどうかは置いといて)と発言していた子が「今は違う」という話をしていたので、「なんで抜け出せたの?」と聞くとこんなことを話していました。
今回はそれを書いて終わりにしたいと思います。
依存症?から抜け出せた理由
・今は友達が出来たので依存にはならない。
・家事を手伝ったり、YouTube見たりとゲーム以外にやることがあるので、依存にはならない。
・引っ越しがあって、物理的にゲームができない時間があった。そのおかげで依存のような状態から抜け出せた気がする。
だそうです。
ゲームから抜け出すには「ゲームをやめよう!」じゃ無理ってことですね。
良い勉強になりました。
※医学的根拠とかはないので、ソイネでの子どもたちの発言などから感じたお話でした。参考までに。
ではまた明日!!
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