見出し画像

【仮面】(ショートショート)

[ハルカ 19歳 女]

駅の跨線橋。

階段の最上段の右端。

そこが私の指定席。

田舎の駅はほとんど人が通らない。

電車だってほとんど来ない。

高校を出て、近所の工場に就職した。

ベルトコンベアーの流れ作業。

誰とも話さず、誰とも関わらず、ただ淡々とこなしてお金を稼ぐ。

家と工場と駅の階段、たまにコンビニ。

それだけで私の生活は完結していた。

イヤホンで音楽を聴きながら、ぼーっと座る。

この時間が、かろうじて私を私として保っている。

チャリン。

不意に聞こえた音と共に、お尻の辺りに何かが触れた。

手を伸ばすと、小さくて硬い何か。

キーホルダーのついた鍵だった。

どこからか転がって来たようだ。

「おい、やべえ、誰かいるじゃん!」

後ろから子どもたちの声がした。

振り向くと、反対側の階段の降り口に四人の男の子。

一人と三人。

「おい、もう行くぞ!」

三人が踵を返し、階段を駆け下りる。

残された一人はしばらく立ち止まっていたが、おずおずとこちらに近づいてきた。

イジメ的なやつ?

めんどくさい。

関わりたくない。

鍵を放ってやり、そのまま前を向く。

ここは私だけの世界。

の、はずだった。

「ありがとう・・・・・・ございました。」

声が聞こえた。

さっさと鍵を拾ってどこかに行ったものと思っていたのに。

左手をひらひら振って『分かった』と『どっか行け』を同時に伝える。

でも、無駄だった。

どこかに行くどころか、隣に腰を下ろす気配。

ああ、めんどくさい。

イヤホンの音量を上げる。

「えっと、あの・・・・・・ありがとうございます。」

聞こえないフリをする。

「実は僕、いじめられてて・・・・・・」

・・・・・・は?

勝手に話し始めた。

もういい。

しょうがない。

イヤホンを外し、睨みつける。

「どっか行って。
私は誰とも関わらずに独りでやっていきたいの。
邪魔されると迷惑なの。」

「いや、でも、あの、助けてもらったので・・・・・・」

「別に助けてない。」

「仮面、いつもしてるんですか?」

・・・・・・は?

仮面?

何言ってるんだろう?

「どういうこと?」

「あ、いえ、その仮面です。
もしかして、それ外すと見える世界が変わるんじゃないかなって思ったので。」

「仮面なんてしてないけど?」

「えっと、あの、ちょっと触ってもいいですか?」

どこ触るつもり?

とっさに身を引く間もなく、彼の手が私の後頭部に伸びた。

「あれ? これ、やっぱ取れないのかな?
結び目がきつくて・・・・・・ほどき方、分かります?」

分かるわけない。

「たまにいるんですよ、仮面をつけてる人。
でも、僕以外の人には見えないみたいで・・・・・・。
それが分かってからはできるだけ誰にも言わずに内緒で過ごしてたんですけど、うっかり言っちゃって気持ち悪がられたりして・・・・・・。
でも、こうやって仮面つけてる人と実際に話すのは初めてです。」

たしかに、何言ってるのか分からない。

気持ち悪がられるのも無理はないだろう。

「つまり、あんたから見たら私はその仮面ってのをつけてるように見えるけど、それが何なのかはあんた自身も分かってないってこと?」

「はい、そんな感じです。
ただ、そういう人を見ると、だいたいお姉さんみたいに他の人と関わりたがらない人が多いような気がします。」

「・・・・・・その仮面って、いつからつけてるか分かるの?」

「赤ちゃんでつけてるのは見たことないです。
多分どこかのタイミングでつくんでしょうけど・・・・・・お姉さん、心当たりないですか?」

そんなもの、あるわけない。

と思ったが、もしかしたらと思い直した。

中学の時、両親が離婚した。

原因は、ありがちな不倫。

父が家を出た。

以来、他人と関わることがそれまで以上に面倒になった。

「ああ・・・・・・言われてみれば、あるかも。
でも、私、仮面なんてつけてない。」

「本人の意思とは関係なく、勝手につくのかもしれませんね。
で、もしかしたら、それが原因で世界の見え方が変わってるのかも・・・・・・。
お姉さんのその、独りで生きていきたいっていう感情は、もしかしたら仮面のせいかもしれません。」

「外したら?」

「お姉さんの中で何かが変わる・・・・・・かもしれません。
あくまで可能性でしかないですけど・・・・・・。」

「じゃあ、やってみなさいよ。
ちょっとくらい髪の毛触ってもいいから。」

「はい、やってみます。
・・・・・・あと、一つお願いしてもいいですか?」

「何?」

「僕と、友だちになってくれませんか?」

「は? 友だち?
そんなの学校で作りなさいよ。」

「僕、こんなだから友だちいないんです。
仮面の話をこんなにできたのは初めてだから、お姉さんとなら、友だちになれるかなって・・・・・・。」

友だち。

もう何年も使ってない言葉。

このタイミングを逃したら、一生できないかもしれない。

一生独り。

それでもいいと思っていたのに、彼の言葉を聞いて気持ちが揺らいだ。

「・・・・・・まあ、いっか。
友だち、なろう。」

言葉が、自然とこぼれ出ていた。

一人くらい、話し相手がいてもいいかもしれない。

「そしたら、ほら、早く仮面取っちゃってよ。 てか、あんた名前なんて言うの?」

「アヤトです。
小4です。」

「へー。 私はハルカ。
19歳。」

私はアヤトに後頭部を向けた。

アヤトが手を伸ばす。

「あれ、今度はすぐ取れそうです。」

ふっと、頭が軽くなる。

「取れました!」

目の前が急に明るくなった。

眩しさに思わず目をしかめる。

私が今まで見ていた世界は、なんだったのだろう。

「あっ!」

アヤトが叫ぶ。

同時に、床に何かが落ち、割れる音。

見ると、そこには不気味な破片が転がっていた。

「外したら勝手に割れちゃいました。 これ、なんなんでしょうね?」

「ってか、私、これつけてたの? きもちわる。」

でも。

心が、体が、軽い。

この仮面が一体なんだったのかは分からない。

でも、たまたま出会ったこの小さな友だちが私を救ってくれたのはどうやら間違いなさそうだ。

「ありがとね。」

「いえ、こちらこそ、ありがとうございます。」

「場所変えよっか。
こんなのあるとこじゃ落ち着かないし。」

数年ぶりにできた友だちと、私は駅の階段を降りた。

出口の向こう、世界は眩しく輝いていた。

私は忘れていた。

世界は、こんなにも輝いていたことを。

※ちなみに、ドクロマスクという名称でハロウィングッズとして売られているモノのようです。多分。

現在、下記のプロジェクトを進行中です。

よろしければぜひご参加ください。

ゴミを拾って短編小説を書く。

SNS上(主にInstagram)で、そんな創作活動を2024年の2月から続けています。

もっと正確にいうと、ゴミ拾いをして、そこで拾ったゴミから妄想を広げて短編小説を書くという活動です。

決まり事は二つ。

「『そのゴミは、悪意を持って捨てられたものではないかもしれない』というところから妄想を広げること」

「読んだ後に、読んだ人の中に何かしらの良い感情が芽生えるようなストーリーを考えること」

せっかくなのでnoteにもあげていってみようと思います。

よろしければぜひお付き合いください。

Kindleにて電子書籍も出版しています。

短編小説集です。

Kindle Unlimited加入で無料で読めます。

よろしければそちらもどうぞ。

いいなと思ったら応援しよう!