陰陽、虚実
陰陽とは
陰陽という言葉は、みなさんにも馴染みがあると思います。
熱があり昇るイメージの陽と、冷たく鎮めるイメージの陰。
一般的に『体は温めるのが健康に良い』と考えられているので、みなさんのイメージでは、陽はいいもので、陰は悪いもののように感じるかもしれません。
ですが、全くそうではありません。
陰と陽がよいバランスで存在している状態が、一番ベストなのです。
みなさんも一度は陰陽太極図☯️を見たことがあると思いますが、これはその陰陽のバランスを表している図です。
黒い部分が陰を、白い部分が陽を表しています。
それぞれ勾玉のような形をしていますね。12時の位置では白色に塗られた部分が、6時の部分では黒色に塗られた部分が一番大きくなっています。
もう少しよく観察してみましょう。
視点のスタートを12時の白色が大きい部分に置き、そのまま円の縁を時計回りに見ていくと、徐々に黒色の部分が増えてきますね。
6時の位置では黒色部分が一番大きくなり、さらにそこから時計回りに目を移すと、今度は白色の部分が少しずつ現れていき、12時の位置で一番大きくなります。
これは何を表しているのかというと、
『陰極まれば陽となり、陽極まれば陰となる』
ということを表現しています。
これだけではあまりピンとこない方もいるかもしれませんが、1日の太陽の動きをイメージするとわかりやすいです。
みなさんご想像通り、太陽の出ている日中が陽で、夜の暗い時間帯が陰です。
陽が極まるのは12時。太陽が1日の中で一番高く上がる南中の時間が、陽が極まった状態です。
12時を過ぎると、太陽は徐々に高度を下げて、最後には西に沈んでいきます。
太陽が高度を下げて徐々に暗くなっていく様は、陰に傾いていく様。
日没すると太陽自体は見えなくなりますが、まだ空は明るいです。
陰が極まるのは深夜ごろ。
真っ暗の深夜を迎えたら、そこから徐々に朝に向かっていきます。陽が強くなっていく状態です。夜明け前の、東の空の移り変わりがまさにそれですね。
季節も全く同じで、夏至が陽極まった状態、冬至が陰極まった状態、
立春と立秋は、ちょうど陰陽が半々の状態です。
このように、東洋医学では森羅万象、全ての事象は陰陽に分けることができるとされています。
陰陽のバランスは常に動いていて、陽が極まれば陰に転じるし、陰が極まれば陽に転じていく(東洋医学では、陰陽転化といいます)。
こうして陰陽は常に動いて、どちからに偏りすぎずに絶妙なバランスをとっています。
では、陽を生み出す太陽自体にフォーカスしてみましょう。
太陽は明らかに陽そのものです。
そんな太陽でも、黒点といって周りと比較して温度が低く、光っていない部分があるのはご存知ですか?
『陽の中にも陰がある』
また反対の場合は、『陰の中にも陽がある』
どんなに陽のものでも必ず陰の要素があり、反対に陰のものでも必ず陽の要素がある、ということです。
これを、『陽中の陰、陰中の陽』といいます。
この『陽中の陰、陰中の陽』は、太極図に表現されています。
白ベタの一番陽が大きくなっている部分の真ん中に、黒い点があります。
また反対に、黒ベタの一番陰が大きくなっている部分の真ん中に、白い点があります。
この小さい黒い点と白い点は、『陽中の陰、陰中の陽』を表している点なのです。
陰陽を人で考えるとどうなるのか
よく東洋医学のコラムなどで、『陽タイプの人』『陰タイプの人』などの表記をみることがあります。
それぞれのタイプの体質的な特徴を挙げてみます。
『陽タイプ』
・比較的体力がある
・いつも元気
・声が大きい
・よく食べる
・筋肉質でしっかりした体系
・体温は比較的高め
『陰タイプ』
・比較的体力がなく、疲れやすい
・風邪をひきやすい
・声が小さい
・胃腸が弱め
・痩せ型、もしくはむくみがち
・冷え性、低体温
また、陰にも陽にも傾いていない、中間のタイプとして
『中庸(ちゅうよう)』
が挙げられていることもあります。
気と陰陽、虚実
人の『陽タイプ』と『陰タイプ』。
何がそれを分けているかというと、前回にも登場した、『気』です。
実は気にも陰陽があります。
陰の気は冷やす気、陽の気は温める気をさします。
体も陰陽の絶妙なバランスにおいて、健康が保たれています。
一般的に体は温めた方がよいと考えるので、陰の気は悪いものに感じるかもしれませんが、陰の気も重要。
例えば、陽が旺盛になって体温が上がると、上がった体温を下げるために汗がでます。
この汗の『体を冷やす』というはたらきこそが、体に備わっている陰です。
汗が出ないと、体に熱が溜まってしまい、熱中症(陽気が過剰な状態)になってしまいます。
必ずしも、陰の気が敵ではないという、いい例です。
この体の中の陰陽。
『絶妙なバランスで』と書きましたが、崩れたバランスの陰陽は、どのような状態なのでしょうか。
まず、女性に多い『冷え』の状態を考えてみましょう。
『冷え』ているので、体の陰陽バランスでいいますと、冷やす力の陰の気が強い状態です。
実は、陰の気が強い状態というのは2パターン考えられます。
陰の気が強くなりすぎているパターンと、陽の気が弱くなりすぎているパターンです。
ちょっと混乱するかと思うので、数字で説明したいと思います。
陰陽のバランスが取れている状態を、陰:陽 = 50:50 とします。
陰のエネルギーが強くなりすぎている場合を例に挙げると、 陰:陽 = 70:50 のような状態。
要するに、陰のエネルギーが平均の50を超えて多くなりすぎている場合の冷えを、『陰が強くて生じている冷え』といいます。
この場合は、陰のエネルギーを抑えて、陰陽のバランスを整える必要があります。
では、陽のエネルギーが弱くなって生じている『冷え』はどのような陰陽バランスなのでしょう。
同じように、陰:陽 = 50:50 が均衡と考えると、陰:陽 = 50:30 のように、温める陽エネルギーが不足することで、相対的に陰のエネルギーが強くなるパターンです。
陰のエネルギー量は通常だけれども、陽のエネルギーが不足することでも『冷え』の症状が起こります。
この場合は、陽エネルギーを補って陰陽のバランスを整えて、陰陽のバランスを整える必要があります。
これは、陽エネルギーも同じように考えることができます。
ちなみに、陽エネルギーが相対的に大きくなっている場合に生じる症状としては、『ほてり』です。
このように、『いずれかのエネルギーが過剰すぎるか、もしくは不足しているか。』を判断し、陰陽バランスの不均衡から生じる不調を整えます。
ここでひとつ用語を紹介します。
虚(きょ)は、『エネルギーが不足している状態』
実(じつ)は、『エネルギーが過剰な状態』
平(へい)は、『陰陽バランスが整っている状態』
ここでこれまでに紹介した、冷えとのぼせを虚実を使用して表すと、このようになります。
[ 冷え ]
陽虚(あたためる陽エネルギーの不足)
陰実(ひやす陰エネルギーの過剰) (→これはあんまりないと思います。)
[ ほてり ]
陽実(あたためる陽エネルギーの過剰)
陰虚(ひやす陰エネルギーの不足) (こっちは両方あります)
先の項でお話した、『陰タイプ』『陽タイプ』に当てはめると、
陰タイプ = 陽虚(になりやすい)
陽タイプ = 陰虚、陽実(になりやすい)
となります。
このよく見られる漢方的体質診断。
目指せと言われる、陰陽バランスの取れた中庸の状態は、私の主観的判断では不可能に近いと思っています。
鍼灸師歴15年、これまで本当にいろいろなタイプの人を診させていただきましたが、中庸はレアキャラだと確信しています。
明らかな不調が起きていなくても、ほとんどの人が生まれつき陰か陽のどちらかに傾いていると思います。
(なりやすい)と補足をしてあるのは、陰陽バランスを崩すとしたら、もともとの自分の体質が傾いている方の陰陽が強くなって、症状が出ることが多いから。
でも私的には、この『生まれつきのどちらかに傾いている陰陽』は、その人の性格そのもの(もしかしたら魅力という言葉のが正解な気がしている…)を表していると思うので、無理に中庸を目指さなくてもいいと思ってます。
中庸がベストというわけではなくて、単純に陰陽がどちらかに振れて不快な症状が現れていることが問題。
目指すは自分の体質を受け入れながらも、不快な症状が現れないギリギリポイントの陰陽バランスだと思っています。
そのギリギリポイントが、いわゆる『平』の状態だと思っています。(自論)
ちなみに治療的な用語を使用すると、エネルギー過剰の状態は『実証『じっしょう)』、不足の状態を『虚証(きょしょう)』と診断します。
鍼灸や漢方を用いて、陰陽バランスをなるべく『平』の状態へ整えていくわけですが、過剰なものをリリースして、実証の症状を平へ導く手法のことを『瀉法(しゃほう)』、不足しているものを補って、虚証の症状を平へ導く手法のことを『補法(ほほう)』といいます。
五臓六腑と五行論
東洋医学は、この気血津液、陰陽、虚実をベースに体質や症状の診断をしていきます。
これだけ抑えておけば、ざっくり体質を理解することはできます。
ですが、もっと専門的となると、ここに五臓六腑の概念が加わります。
気は体内に巡っているわけですが、どこを巡っているかというと五臓六腑です。
先ほどお話しした気の陰陽、虚実がどの臓腑で起こっているかによって、起こってくる症状が異なります。
私たち鍼灸師、また漢方薬剤師さんたちは、陰陽虚実を判断した後、問診などを頼りに、それがどの臓腑で生じているかを予測し、その臓腑にアプローチするツボや漢方薬を選定していきます。
一見難しそうに思えますが、とても面白いストーリーです。
ストーリーという表現をしたのは、全ての症状が不思議と繋がっていくからです。
そう、東洋医学も現代医学と同様に、解剖生理学のような概念があります。
現代医学と同様の臓器もある(ないものもある)のですが、現代医学とは全くもって異なるはたらきをしています。
五臓六腑は、五行論という概念で相互にリンクしています。
五行論も陰陽論と同様に、森羅万象を5つにジャンル分けすることができるという思想です。
この五行論の思想は、お互いを補ったり抑止し合ったりして、均衡を保っていると考えられています。
五臓六腑の生理学もこの五行論に該当するもので、お互いの臓腑を補ってはたらきを助け合ったり、反対に抑制してそのはたらきが暴走しないようにコントロールしています。
抽象的な表現なので不思議に聞こえまずが、実は現代医学の生理学も全く同様です。
例えば糖尿病。
原因のひとつに膵臓のはたらきが悪いことで起こりますが、進行していくと腎臓のはたらきや、目のはたらきにも弊害が及ぶことがあります。
現代の解剖生理学で考えても、臓器は単体で働いているわけではなく、相互作用があってはじめて機能しているのであり、決して東洋医学の考え方が幻想的というわけではないことを、先に補足しておきます。
私が東洋医学に愛着が湧いているのは、おそらく『現代医学と同じことをいっているのだけど、難しい用語やデータなしに、比喩的な表現を用いて聞き手にイメージさせて説いているところ』なのだと思います。
それは、東洋医学を長く生業としていたことで、気付いたことのひとつ。
ですので、東洋医学をあまり難しく考えずに、頭で理解しようとせずに、体の中のひとつのお伽話を聞いているように、気楽にこの書き物も読んでいただけると幸いです。
次回は、五行論についてお話ししていきたいと思います。