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薄明の青のこと
夕暮れ方に散歩することが多いので、紺と橙のグラデーションに包まれた空をよく見る。そのたびに自然界の色彩の妙にため息がでる思いだが、同時に感傷的な気持ちになってしまう心の機能にも感心してしまう。
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作家の宮沢賢治は『薤露青』という詩のなかで、日没後の空を見ながら自身の悲しみをうたった。詩のタイトルは「かいろせい」と読む。薤露とはラッキョウ(ニラとも言われる)の葉に溜まったつゆのこと。消えやすい露は命の儚さにたとえられ、賢治は造語として薄明の青さを「薤露青」と呼んだ。
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作家の創作が0からの想像ではなく、背後に膨大な知識を蓄えていたことを窺わせる話だ。賢治については、植物学、鉱物学、宗教学、天文学など、幅広い分野に造詣が深かったことが知られている。
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日が暮れてからのわずかな間しか見られない色。薤露のことを知っていなければ、そこに言葉を当てることはできない。そして濃紺に染まっていく空に自身の悲しみを重ねる感性がなければ、知識と組み合わせることができない。
漢字わずか三文字の造語に、作家の深淵な創作世界がひろがっている。
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今週のおすすめ本
『宮沢賢治童話集 注文の多い料理店・セロひきのゴーシュなど 100年読み継がれる名作』
宮沢賢治は小学校の教科書などで、誰もが一度は作品を読んだことがあるポピュラーな作家。しかしその内容は意外と難解で癖があり、好みがわかれる文章だと思う。
賢治が現代のアーティストにも大きな影響を与え続けているのは、子どもでも楽しめ、大人でも解釈に悩むような、複雑かつ幻想的な世界観を持っているからだと考えられる。
作品を一通り読んだあとでも、別の機会に触れたときに印象や理解が変わることは日常茶飯事。なんとなくの雰囲気で楽しむことができるかと思えば、理解しようとすると底がまったく見えてこない。数え切れないくらいに絵本や挿絵、音楽などでカバーされるのも、それぞれに解釈やイメージが異なるからだろう。