論75.『ヴォイストレーニング大全』での自主トレーニングへのアドバイス
◯一般の方の質問への回答
私の本を、自主トレに使っている人から、ときどき、質問がきます。
使い方ならよいのですが、プログラムに沿って、うまく練習できているのかについては、お答えするのには難しいです。その人の目標や練習の実際がわからないところでは、下手に答えるわけにもいきません。
しかし、これまで、教本を読んで自主トレをしてきた人やここにいらした人とのレッスンの経験から、ある程度、察して、一般的な形にして,とりあげられるものは,できるだけお答えするようにしています。
つまり、特別な人以外、大体の人に通じることは、個別の返答でなく、お名前を伏せて、質問も一般化して、公開してきました。(個別のことには,お会いできる機会を設けていますので、遠慮なく、ご来訪ください。)
◯程度問題、3段階
スポーツや武道の、教本と同じで、「このとき、手はどこにおきますか」などということなら、答えることができます。形だから、図でも示せるでしょう。
しかし、「これで正しくできていますか」「合ってますか」とか、「どのぐらいできていますか」ということになると、必ずしも答られるものではないのです。
ギターとかピアノの弾き方なら、「これは、どの指で弾くのか」は、示せるので、間違えないで弾けるようになるところまでは、使えるでしょう。しかし、出した音についての程度,実力については、答えにくいのは言うまでもありません。
つまり、一通り、内容をこなせるようになるまでが、第一目標、そこで繰り返し、深め、確かなものにするのが、第二目標、自分のことと表現を結びつけ、価値あるものとするのが、第三目標といったところでしょう。
◯教本の役割
教科書、参考書は、主に、第一目標のために作られています。
この第二目標までに使えるものは,少ないのですが、
「ヴォイストレーニング大全」は、そこまでをめざしたテキストとメニュー集です。
(第三の目標のための考え方や仕込みの材料の紹介としては、「読むだけで声と歌が見違えるほどよくなる本」「自分の歌を歌おう」を出版しています。)
◯トレーナーの役割
「どのぐらい上手くなったのでしょうか」となると、そこは、あなたが活動で問うところなのです。お客さんにぶつければよいのです。
トレーナーは、お客さんではありません。でも、私はもっとも厳しいお客との立場からのレッスン時間を共有してきました。
何を基準として、どこの誰と比べるか、など,すべてケースごとに違ってきます。
大まかに知るだけなら、トレーナーでなくとも、カラオケの採点機で済むでしょう。
トレーナーにも、それぞれの目標に準じて、いろんな方がいらっしゃいます。
私自身は、最終的には、第三目標のために、レッスンの場を持っていますが、研究所としては、綜合的に、第一目標、第二目標がメインのレッスンとなります。
◯深い息への疑問
「深いというのは、完全にコントロールされた息や腹式呼吸で、深い声とは、腹式呼吸での発声でしょうか」
深い息、深い声というのは、イメージの言葉です。
なんとなくそうなってはいないと思われているのであれば、そういうイメージを思い浮かべて練習してみてください。
腹式呼吸というのも、誰もが自然に行っていることでもあり、実際は、腹式呼吸というのも、便宜上、使われているイメージの言葉と思う方がよいでしょう。胸式呼吸と対比されがちですが、切り替えられるわけでも、完全に分けられるものでもありません。
もちろん、肩や首、胸を上下したりして目立つようなものは、呼吸としては、その必要がある場合以外、発声や歌唱、朗読においては、好ましくないとされます。それは、特別なときを除いて、不自然で、何よりも、朗読や歌唱の安定を損ねるからです。そういうことが起こらない程度であれば、特に気にすることはありません。演技やせりふなどになると、胸式呼吸をめださせるような動作が必要なこともあります。
歌唱に必要なだけの、しっかりした呼吸ができていないために、それを少しずつできるように、呼吸のトレーニングとしているのです。この必要度も程度問題です。しかし、余裕があって困ることはありません。
腹式呼吸で完全にコントロールされた息というよりは、完全に声をコントロールするために、腹式呼吸が高度に身に付いていることが必要だということです。
完全というのも、できるだけ完全ということで、どこまで完全というのは、程度問題です。
また、息と声を分けるのも、声自体は息でコントロールされているわけですから、本来であれば、コントロールされた声は、コントロールされた息で出ているわけです。息だけを出すことはできますが、それは発声を伴わせたところで、チェックすることです。
息だけで呼吸トレーニングをするのはかまいません。ただし、発声に結びついてこそ意味があるのです。ですから、深い息とイメージの言葉を使うことはありますが、完全な呼吸法とか完全な息のコントロールなどと、それだけで判断することは、ありません。
歌唱に使う場合は、その人によってかなり違います。トレーニング中、腹式呼吸や腹筋、あるいは、他のことを意識するのは、やむをえないこともありますが、意識しないと使えないうちは、本当は、実践には使えません。
歌や歌い方にもよります。また、体調によって、感じ方が異なることもあります。
ですので、腹式呼吸と深い息や深い声を直接、結びつけて考えなくてよいと思います。腹式呼吸そのものでも、程度があるということです。
◯共鳴
「共鳴を意識する、つかむには、たとえば、頭部や胸部の共鳴を確かめたい場合、そこに響かせるよう意識した上で、声を発し、そこに手を当てて振動を感じられるように、声の出し方の感覚を声を出しながら探り、その感覚を覚え、いつでも同じように発声できるようにするということでしょうか。」
共鳴の意識については、練習のプロセスとしては、そのように考えてもよいと思います。
ただ、手に体の振動を感じられる声というのは、目安の1つです。頭蓋骨や胸骨に響くのは、響くことでは響かないよりもよいことが多いのですが、その声や発声が本当によいかどうかは、別問題です。
いつでも同じように発声ができるようにすることは、トレーニングの目的の1つです。再現性が基礎の条件だからです。
ただし、それもまた絶対的なことでなく、そのために癖や偏った発声になっていることも少なくないのです。それを私は声を固めていくと言っています。そのようであれば、むしろ、そこを解放しなくてはなりません。
一時的によいのか,他の目的のための一時的手段なのか、やむを得ない手段で次には不必要なものか、その延長にさらなる上達があるのか,いろんなケースがあるからです。
この違いが、声の場合は、自分自身にはなかなかわからず、大体が、逆の方向に行ってしまうのです。つまり自分で、よいとか、とてもよく出ていると思う声が、喉声であったり、後に伸びない声であることが多いのです。固めていくのを癖といいます。
そのために、トレーナーなどは、近くで大きく聞こえるのでなく、遠くに通るような声がよいというようなアドバイスをすることがあります。
そういう判断は、発信源、発声体である本人が、簡単にできることではありません。
◯表現から決まってくる
ポピュラーヴォーカルの歌い方や発声そのものに、唯一の正解があるわけでなく、その人の作り出す世界によって、違ってくるということです。ある人にとって正しいことがある人にとっては間違いとまではいわなくても、あまりよくないことは、とても多いのです。
歌での表現は、その人の世界観や表現していく世界と密接に関わるからです。
ですから、ここからは、それを抜きに答えられる基準、声楽、日本のミュージカル、合唱、ハモネプのような発声、共鳴をベースに述べていきます。
このテキストとメニューは,そのレベルのものです。
◯基準は、声楽の発声
「ヴォイストレーニング大全」
本書の歌唱プログラムの意図するところは、オペラ歌手、声楽の発声に基づいています。
発声や共鳴、喚声区などでの一定の基準を示せるからです。そうした基準を示すと言うのは、なかなか声においては難しいことなのです。
声楽のコンクールなどは、そこを踏まえていますが、ポップスのコンクールになると、音楽の基礎的な要素以外は、審査員の好みによるといってもいいほど、バラバラです。
NHKののど自慢なども、元は喉の良さを競っていたのですが、今となると、カラオケ採点とあまり変わらなくなってきてます。
いわば、ものまね的な要素が、とても増えたのです。プロ歌手に似させて歌うとうまい、それでも評価されるようになったからです。本来、こんなものは素人の感想にしか過ぎません。なぜなら、その先がないからです。
一個人において起きる問題は、さまざまであり、そこで本人が感じて使われた言葉から、実際はどういう発声なのかを決めつけるわけにいきません。本人が把握して言葉にすることと実状が異なることも多いからです。
自分の声域でのチェックは、信頼のおける声楽家にお願いするとよいと存じます。
自己評価とどう違うのかを確認するとよいと思います。
ただし、それはあくまで、発声や共鳴での声楽的判断で、マイクを使うポピュラーヴォーカル、Jポップスに、そのまま通じるものではありません。彼らの求める発声からは、許容できないようなプロ歌手も少なくないからです。
ただし、合唱や日本のミュージカル俳優を目指すなら、声楽と共通するところは、大きいでしょう。発声や歌唱の基準が、一応、共通しているからです。
◯地声と裏声の切り替え
地声と裏声についても、目的によって、さまざまなメニューがあります。
使いやすいスケールで出しやすい音で、行うのなら、どのメニューでもよいでしょう。
地声や裏声の充実、それぞれの声域を広げること、声区、喚声点でのスムーズな移行などは、どれを重要視するか優先するかで、かなり異なってきます。
高音域獲得を優先して、高音の限界がくるまで出し続け、少しでも高音域まで獲得することに目的をおくこと、それが,今、もっとも多くの人が目的としていることです。
ただし、それは必要条件でも十分条件でもありません。最終的な本来の目標とも違うことが多いはずです。
問題が生じたときに、どういうアプローチをとるのかは、さまざまです。持って生まれたものも関係してきます。
声楽であれば、歌曲を原調で歌唱できるところまで、伸ばす必要があります。しかし、そこでは、パート別であって、バスの人がテノール、アルトの人がソプラノの声域をマスターしようとはしません。
ポピュラーの場合は、その人のスタンスでも変わります。とはいえ、もっとも自分の声が使えるところで歌うのが原則です。
◯完成度について
ほとんどの人は、発声で試行錯誤している段階で、すでに歌唱に入っているのです。呼吸と同じく発声において完成というものはない以上、むしろ歌唱の必要性から、発声を定めていくというように考える方がよいからです。 特にポップスの場合は、その性質が強いでしょう。
基礎を深めながら、応用しては調整していくのが、大半のトレーニングです。
この2つをどのような比率で入れていくかが、メニューや方法よりも、大きな差になっていきます。
発声や共鳴そのもののよしあし、将来の自分の可能性を踏まえた判断は、自分自身では難しいものです。声楽では、ほぼ不可能と思ってもよいくらいです。
◯教科書としての編纂
本書は、初心者の基礎の習得から上級者の声の実力の維持までに使えるのメニューを、国内外のヴォイトレの総集編として、誰でも教科書として、使えるように意図したものです。
これを使って、ヴォイストレーナーや声楽家などに教えてもらうと、そうした疑問にも答えられやすくなるものと存じます。
(文責「ヴォイストレーニング大全」制作チーム代表 福島)
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