アナログ派の愉しみ/音楽◎レハール作曲『メリー・ウィドウ』
バブル景気の東京の夜に
フレンチ・カンカンが炸裂した!
空前のバブル景気に沸いた1980年代前後、クラシック音楽の分野でも各国からメジャー・オーケストラやオペラハウスがひっきりなしに来日して、ついには東京ドームでホンモノの象を使ったオペラまで出現するなか、ひときわ人気を集めたものにウィーン国立フォルクスオーパーの引っ越し公演があって、1979年、82年、85年、89年、93年……と回を重ねた。その手練れのオペレッタ(喜歌劇)の舞台が持ち味で、定番中の定番の演目は『メリー・ウィドウ』だった。わたしも上野の東京文化会館に出かけて夢見るような一夜を経験し、日付こそ違え、同じ会場で1982年6月に行われた公演のライヴ録音のCDはあのときの興奮をまざまざとよみがえらせてくれる。
全3幕のストーリーはごく平明だ。花の都パリへ、バルカン半島の某国から莫大な遺産を相続したメリー・ウィドウ(陽気な未亡人)のハンナがやってくる。その再婚相手をめぐって周囲がさんざめくなか、かつて恋人同士だった外交官ダニロとのあいだにふたたび恋の鞘当てがはじまり、そこにお色気たっぷりの人妻ヴァランシェンヌの浮気沙汰もからんで、乱痴気騒ぎが繰り広げられたあげく、最後は晴れてハンナとダニロが結ばれるという他愛ないもの。およそリアリズムとは無縁なのだが、目くじらを立てるには及ぶまい、気楽に大人のファンタジーを楽しめばいいのだろう。いや、待てよ。ことによったら、このオペレッタのリアリズムはまったく別次元のところにあるのかもしれない。
フランツ・レハールが『メリー・ウィドウ』をウィーンで初演した1905年とは、日本が列強の帝政ロシアに戦争を挑んで勝利をおさめ、また、バルカン半島では第一次世界大戦に向けて時限爆弾のカウントダウンが進行しているという、すでにヨーロッパの貴族社会が落日にさらされた時節であり、たとえ絵空事とはいえ、未亡人の財産目当ての茶番劇とはあまりにもノーテンキに過ぎるのではないだろうか。そんなつもりで耳をそばだてると、レハールは相当の天邪鬼(あまのじゃく)らしい、この三文小説のようなストーリーに対して技巧の粋を尽くし、音楽の力でステージ上のドラマを脱臼させてみせるしつらえは異常なほどだ。たとえば、第1幕のフィナーレの有名な「メリー・ウィドウ・ワルツ」の身のとろけるようなメロディは、再会を果たしたハンナとダニロが昔日の恨みから、おたがい相手に向かって憎まれ口をぶつけあうところで流れる!
つまり、アイロニー(皮肉)こそ、このオペレッタのリアリズムではなかったか。そして、アイロニーはステージ上だけにとどまらず、20世紀の波瀾万丈の歴史のなかでこの作品が翻弄されていく宿命ももたらしたようだ。
やがてドイツに誕生した独裁者ヒットラーは、ワーグナーの巨大な楽劇に心酔する一方で、この小さなオペレッタもこよなく愛し、そのためにレハールはユダヤ人の妻の生命を守ることができたものの、戦後にはナチス協力者の烙印を押されてしまう。また、そのヒットラーの世界制覇の野望を打ち砕いたソ連との対決では、壮絶なレニングラード包囲戦のさなかに、レハールに輪をかけて天邪鬼のショスタコーヴィチが独裁者スターリン治下の祖国に捧げるべき交響曲第7番の制作にあたって、『メリー・ウィドウ』の音楽を引用している。それはなんと、ダニロの登場シーンで、へべれけに酔っ払ったかれがキャバレーのマキシムを賛美して、「そこではかわい子ちゃんたちが祖国への忠誠心を忘れさせてくれる!」とクダを巻くのにつけられた旋律だったのだ。
わたしが東京文化会館で体験した公演の第3幕では、そのマキシムのグリゼット(踊り子)たちが艶やかなヴァランシェンヌに率いられて登場し、いきなりオッフェンバックの『天国と地獄』のギャロップに切り替わると、大っぴらにスカートを持ち上げるフレンチ・カンカンが炸裂した。あたかもホール全体がパリの歓楽の殿堂と化したかのような歓呼に包まれ、ヴァランシェンヌが右手を高々と差し上げるたびにアンコールが繰り返された光景はいまも脳裏に焼きついている。おそらくは世紀末の極東の金満国にあって、ヨーロッパの貴族社会の華やかな残像が万雷の拍手喝采を博したのもまた、このアイロニーのオペレッタにふさわしいものだったろう。
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