アナログ派の愉しみ/音楽◎グリーグ作曲『ペール・ギュント』

お釈迦さまならぬ、
したたかな女性の掌の上で


これまで大使館といった場所とはまるで縁のない人生を送ってきたが、ただ一度だけ、15年ほど前に港区芝公園のノルウェー大使館へ足を運んだことがある。グリーグを記念するピアノ演奏会が開かれると耳にして、つきあいのあった音楽プロデューサーの縁でもぐり込ませてもらったのだ。メイン・プログラムの『ペール・ギュント』組曲は、通常の配列ではなく、ピアニストの関小百合がもとになったストーリーを紹介しながら順番どおりに弾いていくというもので、デリケートな曲想とは裏腹に、実は世界を股にかけた波瀾万丈のドラマだと知ったのである。それがあんまり面白かったので、以来、わたしは組曲ではもの足りなく、もっぱら全曲のレコードを愛好している。

 
『ペール・ギュント』とは、ノルウェーが誇る文豪ヘンリック・イプセンが書いた全5幕からなる長大な劇で、舞台上演には4時間以上かかるとか。そこで観客が退屈しないよう彩りを添えるため、同国の作曲家エドヴァルド・グリーグに劇付随音楽の作曲を依頼して全27曲が随所に挿入されることになり(音楽の部分だけを合わせると約1時間半)、今日、オーケストラのレパートリーとして人気の高い第一・第二組曲はここから各4曲を抜粋したものだ。イプセンとグリーグの目論見はまんまと図に当たって、1876年2月のクリスチャニア(現・オスロ)での初演は大成功を収めた。そのあらすじをざっくりと、毛利三彌の日本語訳にもとづいて辿ってみよう。

 
発端は、ノルウェーの山岳地帯で無法者ペール・ギュントが天衣無縫にやんちゃぶりを繰り広げるありさまからはじまる。母親オーセがさかんに嘆いて、こんなことでおまえはどうするつもりだと問いつめれば、こんなふうにうそぶく始末。

 
 王さまになる、皇帝になる!

 
ところが、このペール、どうしたわけか女性たちには滅法モテる。地主の娘の結婚式ではその新婦と駆け落ちしかけたり、山の麓でヤギを追う女たちがわれ先にと迫ってきたり、あろうことか毛むくじゃらの妖精トロルの国王の姫にまで懸想されたり。そうした不埒な日々にあっても、さすがに心動かされたのは実直な娘ソールヴェイだけで、おたがいに契りを交わしたものの置き去りにしてしまう。やがて、母親オーセが報われることなくペールの腕で息を引き取る場面で流れるのが「オーセの死」の曲なのは言うまでもない。

 
ついで「朝」の曲とともに新たな情景が幕を開けると、そこはアフリカ大陸のモロッコの西海岸。すでに50歳に手の届くペールは黒人奴隷をアメリカ大陸へ運搬したり、信仰の偶像を中国大陸へ密輸したりして財をなしたいまも、相変わらず砂漠に住むアラビア人首長の若い娘と「アニトラの踊り」の曲にのって色恋沙汰にうつつを抜かし、その一方で、はるかかなたの故郷ではソールヴェイがひとり「ソールヴェイの歌」をうたいながら帰りを待っていた。いつしか、若き日に夢見たとおり皇帝となりおおせたペールが知ったのは、そこがカイロの精神病院だったという成り行き……。

 
さらに幾歳月が経過して、すっかり白髪まじりの老人となった身の上でようやく帰郷をめざしたペールは船が難破して、九死に一生を得たものの、もはやこの世にいるのかあの世にいるのかも定かならぬ心境で懐かしいノルウェーの山岳地帯に戻ってみれば、目の前に出没するのは亡霊や悪魔のたぐいばかり。もはやこれまでか、と覚悟したところに立ち現れたのは、やはり老いさらばえたソールヴェイそのひとで、毅然と相対して、静かにうたいはじめる。

 
 眠れ、わたしの愛し子よ、
 おまえをあやし、見守ってあげる。

 
この「ソールヴェイの子守歌」は組曲に含まれないながら珠玉の名品で、わたしは聴くたびに胸を震わせずにいられない。かくしてペールの長い旅は終わりを告げ、ソールヴェイにしがみついたまま息絶える。そう、世界の大陸から大陸へと野放図に経めぐってきたかれの人生も終わってみればなんのことはない、出発点と終着点が寸分違わなかったというのは北欧ノルウェーから眺めた世界像だったろうか。あの大使館の夜、ときの経つのを忘れたピアノ演奏の向こうに、わたしはそんな白日夢を見た気がしたことを憶えている。男どもはひっきょう、お釈迦さまならぬ、したたかな女性の掌の上で右往左往しているだけに過ぎない、と――。
 

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