アナログ派の愉しみ/映画◎ジーン・ハックマン主演『ポセイドン・アドベンチャー』

天と地が引っ繰り返る事態に
かれらは


「Yes, life!」

 
ロナルド・ニーム監督の『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年)で、ジーン・ハックマン扮するスコット牧師が発する言葉だ。1970年代にハリウッドを席巻した大規模なパニック映画のうち、最高の興行収入を記録したとされるこの作品に、かく言うわたしも映画館で約2時間のあいだまんじりともしないで見入ったことを思い起こす。このたび半世紀ぶりにビデオ鑑賞してみたら、ほとんどのシーンを記憶していたことにわれながら呆れるとともに、いまにしてそこに込められていた歴史的なメッセージを読み取れるような気がした。

 
ストーリーはシンプルこのうえない。豪華客船ポセイドン号は1400名の乗客を乗せてニューヨークからアテネへと向かっていたが、地中海を航行中の大晦日の深夜、海底地震による大津波を受けて転覆してしまう。新年を迎えるカウントダウンで大賑わいだったパーティ会場も一瞬にして天と地が引っ繰り返り、何人もの圧死者を出したあとで、生き残った人々はチーフパーサーの説得によりこの場で救助隊を待つという多数派と、スコット牧師の主張にしたがってみずから行動を起こそうとする少数派に分れる。巨大なクリスマスツリーを梯子代わりに、いまは頭上に位置する厨房への通路に向かうことに対し「上には何があるの?」と問われて、牧師が応じたのが冒頭のセリフだ。そこに生命がある、人生がある、と――。

 
そのとき船内で爆発が生じて、パーティ会場にも海水がどっと流れ込み、みなが先を争ってクリスマスツリーに取りついたせいでもろともに崩れ落ちてしまい、結局、かろうじて脱出できたのはわずか10名の老若男女に過ぎなかった。そこで、いまの目で眺めるとたちどころに気づくのは、かれらが牧師、刑事と元娼婦の妻、雑貨のセールスマン、バンドの女性歌手、ユダヤ人の老夫婦、ティーンエイジャーの姉弟、船員のボーイと、おたがいの立場はばらばらであっても、黒い肌や黄色い肌の姿はなく、すべて「白い肌」の者で占められていたことだ。すなわち、アメリカ建国以来、この国の社会のどまんなかを支配してきた人々のごく小さな縮図に他ならず、スクリーンが映しだす物語は、天と地が引っ繰り返った未曾有の事態にあって、そんなかれらのサヴァイヴァルの神話として組み立てられていく……。

 
だから、映画のクライマックスでは、救援隊が待つ目標地点の船尾にあとわずかな距離まで迫りながら、かれらの眼前に高熱の水蒸気噴出が立ちはだかったとき、リーダーのスコット牧師はためらうことなくバルブへ飛び移り、あたかも十字架上のイエス・キリストのように宙吊りになって、こんなセリフを吐くのだ。

 
「神よ、助けはいらない。だから邪魔するな!」

 
かくして、かれは水蒸気が遮断されたのを見届けてひとり水中へ落下していった。自己犠牲によって仲間の「life」に至上の価値がもたらされる。それは、すでに人類の月面着陸も実現して世界に冠たる覇権国家となりおおせたアメリカにふさわしい、新たな「白い肌」の英雄の姿だったかもしれない。と同時に、いまから振り返ってみると、当時のアメリカは10年以上にわたって繰り広げてきたベトナム戦争が行きづまり、建国以来初の敗戦を喫するという文字どおり天と地が引っ繰り返るような事態に直面して、「白い肌」の人々の葛藤の叫びとも重なっていたはずだ。

 
それだけではない。やがて黒い肌のアメリカ大統領が登場したことも、いまや総人口に占める白人の割合が60%を切り、間もなく非白人のほうがアメリカ社会のマジョリティとなることも、かれらにとってはやはり天と地が引っ繰り返るような事態ではないのか。そうした意味で、『ポセイドン・アドベンチャー』の物語は半世紀が経った現在も終わりを告げることなく続いているのだろう。
 

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?