『たったひとつの冴えたやりかた』ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
翻訳は浅倉久志さん。
表紙は川原由美子さんのイラスト版です。
盛大にネタバレしますので未読の方はご注意くださいませ。
【ざっくりとしたあらすじ】
16歳の誕生日に両親から小型の宇宙船をプレゼントされたコーティー。
とびっきりの頭脳を持ち好奇心旺盛な彼女は、両親に内緒で憧れの星空へと旅立つのだが……。
というのが表題作『たったひとつの冴えたやりかた』のあらすじ。
この本は、若い二人の学生からレファレンスを受けたある図書館司書が、彼らの希望に添う3冊の資料を用意するところから始まります。
その資料がそれぞれ3つの物語として収められていて、ひとつめがこの『たったひとつの冴えたやりかた』。
冒頭からSF全開なので、このジャンルに免疫のない人には最初とっつきにくく感じられるかもしれません。
ですが、主人公のコーティーの快活さ、頭の良さと機転のきくすばらしい決断力にじきに引き込まれていくことと思います。
内緒で星間飛行と決め込んだコーティーですが、ひょんなことから彼女の脳内にエイリアンが入り込み、コーティーの頭脳と声帯、彼女の言葉を使って語りかけてきます。
SFに普段あまり馴染みのないわたしからすれば、この時点ですでにホラーです。
なのですが、少女コーティーの対応は非常に冷静で、この異常なコミュニケーションを拒絶することなく対話を続けていきます。
そうして次第に二人は打ち解けていき、種を超えた友情が芽生えていくわけですが、彼女たちのやりとりがとてもすてきで。
理知的で、互いを思いやり、尊重していて。
思いがけずもたらされたこの出会いは、しかしやがて、恐ろしい展開を迎えます。
コーティーが星間飛行に旅立つ直前、ある巡回補給船が行方不明になっていたのですが、コーティーの脳内に侵入したエイリアンのシロベーンは彼らと接触していました。
シロベーン自身に非はないのですが、結果として、彼女たちの種族が、その行方不明になったヒューマン(人間のことです)たちの命を奪ってしまったことが判明します。
罪の意識に苛まれ、狼狽するシロベーンをコーティーは宥めますが、コーティーもまた、彼らと同じ末路をたどる運命を突きつけられます。
シロベーンたちの種族の種子をコーティーたちの住む星へ持ち帰ることはできません。
コーティーはシロベーンによって種子に感染しないよう守られていますが、ほかのヒューマンたちがもし種子に取りつかれたら、種族の師匠から規律を教わっていない幼生たちは欲望のままにヒューマンの脳を食べてしまうというのです。
厳しい訓練を受けて自制を覚えたはずのシロベーンでしたが、実はまだ完全に自身を制御できず、コーティーの脳内で激しい衝動に駆られてしまいます。
コーティーのすごいところは、シロベーンに脳内に侵入されたせいで生命の危機に陥ったと短絡的に考えることなく、むしろシロベーンのおかげでほかの幼生たちに感染して食い荒らされることなくすんだのだと、絶体絶命の極限状態に於いてなお、彼女を恩人であり大切な友人だと言い切ったところです。
そして、自分の脳がシロベーンによって食べられてしまったあとも、彼女をなんとかして故郷へ帰らせてあげられないかと知恵をめぐらせたところ。
この出会いを不運と嘆くのではなく、一連のできごとをデータに記録してコーティーの星へ飛ばすことで、なんの予備知識もなくシロベーンたち種族の種子に感染してほかの誰かが命を落とすことがないよう、その誰かを救ったことになるかもしれないと、そんなふうに考えられるのがすごいと思いました。
そうしてコーティーが選んだ道は、たった16歳の少女が決断するにはあまりに苛酷なもので。
読み終えてしばらくは、そして今もまだ、衝撃が大きすぎて呆然としています。
ほかに『グッドナイト・スイートハーツ』『衝突』の2作が収録されています。
その物語もそれぞれ胸に迫るものがあるのですが、どうしてもコーティーたちの物陰の衝撃がおさまらず、まだちゃんと消化できずにいます。
(2015年7/22 読書日記より)
***
【追記】
あれからいくつかのSF作品を読んできましたが、いまだにこの『たったひとつの冴えたやりかた』の衝撃を超える作品には出会えていません。
SFの世界への扉を開けてくれた一冊です。
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