「死にたい」と闘う毎日@転職後の適応障害ログ
転職に、大失敗しました。
過去に2回仕事が原因で適応障害になったことがある私ですが、また転職先で適応障害になってしまいました。
1回目も2回目も仕事内容の不一致が原因でしたが、あろうことか今回も同じ理由です。
あれだけ自分に合う仕事を見つけることが大切、会社に依存しないと決意したなどと発信してきたのにも関わらず、またやらかしてしまいました。
ライティングのスキルアップのために転職をしましたが、面接時のすり合わせが足りなかったのか、自分が想像していた仕事内容と大幅にズレており、ライティングの仕事が全くない訳ではないのですが、ほぼ皆無。
慣れない業務ばかりをなんとかこなす毎日です。
この記事は、「過去にこういうことがあったけどこういう風に乗り越えた!」といったものでなく、あくまでも日記なのでどういう方向に転ぶのか、私自身もわかりません。
これから転職活動をする方に対して、転職は絶対に慎重に、とまでは言わないですが、入社前に業務内容のすり合わせはきちんとしないとこうなるよ、という教訓にはなるかもしれません。
現在の私の精神状態についてですが、詳しい日数は避けますが、転職してから半年以上が経っており、続ける気概もなければ辞める決断もできないといった状況です。
すぐに辞めてしまった方が、ストンストン、と今後がどんどん決まるかもしれない。
やりたいことを思いっきりできるかもしれない。
でも、続けながらなんとか適応して、職歴に傷を付けずに今の会社で活躍しつつ、副業でライターをする未来もあるかもしれない。
自分の貯金と職歴と、体力と決断力。
そのどれもがあまりにも、好条件が揃っておらず、なんとか毎日必死で嫌々ながらも這って歯を食いしばって、会社に行っています。
その程度でタイトルの「死にたい」は大袈裟だ、という意見もあるかもしれませんが、私にとってそのくらいこの問題は深刻で、生きていくのがあまりにも困難で正直辛いので、このタイトルを付けました。
一度メンタルを壊してしまうと、その前の自分には戻ることはできない、と聞きます。
ただ、それはもう二度と元気になれない、という意味では恐らくないと思っています。
特に、適応障害の場合は自分を取り巻く環境がトリガーとなって鬱症状が出るので、環境を変えたらすぐに回復!なんてこともあり得ます。
ただ、例えばメンタルを壊す前に自分を犠牲にしてでも働くようなバリキャリ思考だった人が、鬱状態が回復したあとに、全く同じ働き方ができるかといえば、それはほぼ不可能なのではないでしょうか。
けれど、適応障害になる前よりも、適応障害になった後の自分の方が、より自分らしい人生を送れている、なんてケースもあると思います。
私も2回目の適応障害のあと、少しだけ休職して企業で働くライターになりましたが、今ではあの時は適応障害になって良かった、と思っています。
もしあの時に営業を続けていたら、お金のために無理に働く毎日が永遠に続いていたからです。
自ら命を経ってしまおうか、と頭によぎるほど、辛く苦しい経験が伴いますが、適応障害はある種、人生の軌道修正の意味もきっと持っています。
だから、今もきっと何か意味はある、自分の人生について考えて見直す機会を与えられているんだということも頭の片隅に入れておこうと思います。
辞めることは簡単。
「辛ければ辞めればいい」「やりたい事をやればいい」というのはあまりにも正論ですが、その正論はその後の人生の責任を取ってくれるものではありません。
だからこそ、よく考えてこの鬱状態と闘っていこうと思います。
それでは、また。