ボクの右手を知りませんか?
土曜日の午前
僕は大きな総合病院の待合室で、先日受けた検査結果の報告を待っていた。
時間潰しとどうしても湧いてくる不安な気持ちから逃亡するために、僕はカバンから一冊のコミックを取り出して、読み進めることにした。
そのコミックは、先日、フクロウが住んでいる大きな街の小さなブックカフェで出会ったピーチ姫がくれたものだった(実話です)
そういえば、表紙の絵とデザインが好みだと思ってそのコミックをぼんやりと眺めてたら、その本の持ち主の彼女から
「どうぞお持ち帰りください」
ととても控えめなやさしい声で言われたのだった。
早速、パラパラとページを巡ってみる。
「うん、思っていたとおり、やはり僕のとても好きな感じだ」
気付いたら、さっきまでの憂鬱な気持ちは吹き飛んでいて、むさぼるようにその本を読んでいる自分がいた。
そして、このコミックの後半に掲載されている
「小さいやさしい右手」
というタイトルを見た瞬間、
「ああこれはまたあの神様のイタズラというヤツだな・・」
と僕は直感したのだった。
実はこんなふうに思うことがこれまでの人生でも何度かあって、その直感はたいがい当たるのだけど、今回も見事に当たったのだった。
って、いったいなんのこっちゃ分からないと思うけど、ひとまずこの物語のあらすじを紹介したいと思う。
森の大きなかしわの木の中に魔物の子供が住んでいました。
彼はたびたびその木の近くに草刈りに来る姉妹の女の子たちに興味を示します。
背格好も見た目もよく似た二人なのに、なぜかいつもおさげの方の女の子だけ草刈りにすごく時間がかかって、彼女だけ夜遅く帰っていたからです。
「なぜだろう?」
と不思議に思った魔物の子供は、あるときその理由に気がつきます。
彼女のかまはいつも錆びて刃もボロボロだったのです。よく見ると、着ている洋服もツギハギだらけでした。
そんな彼女をかわいそうに思った彼は、大きな木の幹に姿を隠しながら(大人になる前に人間に姿を見られると一人前の魔物になれないからです)、彼女にきれいなかまを渡すことを約束しました。
本人確認のために、必ず彼が考えた
「かまをかしてください」
という歌を歌うことを条件にして。
そして、二人のそんなやり取りが続いていたある日のこと
娘の様子が最近やけに明るいことを訝しんだ彼女の母親は、その理由が魔物の子との交流であることに気付き、彼女はおさげの女の子になりすまして、あの歌を歌いながら彼にかまを所望しました。
そして、彼からかまを受け取った瞬間、そのかまで彼の右手をスパッと切り取ってしまったのです。
右手を失った彼は、どうしてあの娘は僕にこんなひどいことをしたのだろうと悩み続けた挙句、彼女に
しかえし
をする決意をしたのでした。
そして、大きなかしわの木の中の暗闇にずっとひき籠もって魔法の本を読み続けて、とうとう火の魔法を身につけることに成功したのです。
「いったいどんなしかえしをしてやろうか・・」
と思いながら、下山した彼は街中を歩き回って彼女を探し続けました。
でも、全然見つからなくて、気づいたら夜になっていました。
ヘトヘトに疲れ果ててお腹もペコペコになった彼は一軒のパン屋さんを見つけて、そのお店の窓から美味しそうなパンたちを眺めてました。
このとき、彼は、無意識に、歌詞のかまの部分をパンに変えてあの「かまをかしてください」の歌を口ずさんでいました。
すると、その歌声に気がついた店主のおばさんが、彼にやさしく店に入るようにうながし、彼の左の手のひらの上に美味しそうなカップケーキを一個乗っけました。
それをむしゃむしゃとおいしそうに食べる彼に向かって、もう一度さっきの歌を歌ってくれないかと彼女は頼みました。
「いい歌でしょ!」とご機嫌な様子で歌い始めた彼に続いて、そのおばさんがまるで知っているみたいにかまの歌を一緒に歌い始めました。
そう、人間と魔物の時の流れの違いのせいですっかり大人になってしまったけれど、そのパン屋のおばさんこそ、彼がしかえしをしたいとずっと思っていた女の子本人だったのです。
その事実を知った瞬間、彼の全身から怒りの炎が噴き出して、パン屋さんの棚に並ぶパンや道具や食器たちが一瞬にして灰になりました。
そして、ここからの内容が、まさに神様が今の僕に向けて送ってくれたメッセージだと思ったので、そのネームをそのまま書いてこの記事を終わりにします。
しかし、こういうことがあるから人生ってまんざらじゃないし、まだあきらめちゃダメだよなとつくづく思うよね。
「あなた・・・もしかして」
「あのときの」
「お菓子をくれたあなたの手をいきなり切ってしまうなんて」
「そんなことぼくにはとってもできないな・・・」
「ねえ そうでしょう?」
「そうじゃないの?」
「その手」
「あたしにかまを貸してくれた あの手なんでしょう?」
「なぜ こんなになってしまったの?」
「あなたじゃなかったの?」
「どうしてあたしがそんなことをするものですか」
「じゃあだれ?」
「わからないわ・・・」
「でも、もう」
「そのひとのこと」
「ゆるしてあげられない?」
「"ゆるす"?」
「それ どういうこと?」
「かたきうちの反対よ」
「かたきうちをしないこと?」
「いいえ」
「かたきうちをするどころか その人によくしてあげること」
「・・・そんなこと」
「ぼくにはとってもできないな」
(以下、独白)
だってあなたのいうことがぼくにはわからないんだ
なぜそうしなきゃならないのか
どうしてもわからないんだもの
それは
ぼくが
魔物だからだろうか
(改めて彼女に向かって)
「わからない」
「けど」
「あなたのいうことが」
「わかりたいと」
「ぼくは思う」
パタン(ドアが閉まる音)
こどもの魔物は
もう一人前になることは
できなくなりました
でも
切り落とされた小さな右手のかわりに
魔物は
涙というものを
知ったのです
ブックカフェ店主の記事はこちら
ピーチ姫の記事はこちら