「ボクはみんなのことが大好きだよ」
日曜日 午後 下北沢
無事、11月に引っ越すことが決まった新居では、和室をメインに過ごす予定なので、そのためのちゃぶ台を買いに、初めて訪れてから約四半世紀を過ぎたあの和家具専門のアンティークショップに3人で向かった。
その道中、妻が周りの家を見渡しながら、
「最近、こーゆー感じの家が増えたよね」
と語りかけてきたのだけど、妻が僕に話しかけてきたその場所がまさに四半世紀前に自分の人生で初めて出来たガールフレンドとの3回目のデートで、その6つ年上の彼女から
「N.O T.Eくんってどんな感じの家が好きなのかな?」
って言われた場所と同じだったこと、
さらに、そのとき僕がウケ狙いで
「ヘーベルハウスかな」
と答えて、彼女がウフフと笑い出したことまで思い出して、思わず苦笑いしてしまった。
あれから僕は、ヘーベルハウスに限らず持ち家など一度も持った試しがなく、今度の新居も含めてずっと賃貸暮らしな身分なわけだけど、インテリア好きな性分はあの頃と変わらないままで、またあのときと同じお店を目指している。
ただ隣にいるのが、あのとき大好きだった彼女ではないというだけの話だ。
そして、彼女の代わりに、今、僕の隣には、こんなにも素敵な家族がいるという事実が何とも不思議な感じがした。
お店に着き、店頭に立てかけてあるものから、割と早くお目当てのちゃぶ台を見つけることがが出来た。
その後、3人で店内を探索してみる。
もともと違うテイストのものを探していた食器棚とダイニングテーブルももしかしたらいいものがあるかもと淡く期待しながら。
しかし、やはり僕たち(というか、僕が、か)イメージしていたものはなかった。
でも、代わりに、20年くらい前に別の下北沢のインテリアショップで見て一目惚れした箱家具のコンパクト版が目に入り、こーゆー実用性の低いアイテムからはすっかり手を引いたつもりだったけど、何となく運命を感じた僕は、妻に相談すると、「小遣いで買うならいいわよ」と割とあっさりOKが出て、無事、ゲットできたのだった。
完全に後付けだけど、釣りの小物類を入れる棚にしよう。
その後、元来た道を戻り、昔ながらの商店街なのに、若者向けの飲食店や古着屋さんなどが軒を連ねる懐かしくもあり新しくもある昔から大好きな通りを抜けて、再開発後、やけに賑やかになった駅周辺をふらふらしていると、すっかり日が暮れて、僕ら3人のお腹もいい感じに空いてきた。
すると、息子が
「パスタが食べたい」
なんて普段、なかなかリクエストしない食べ物をご所望してきたので、
「シモキタでパスタといえば、ここしかないっしょ!」
と僕は駅前の雑居ビルの4階にあるカフェに2人を案内したのだった。
まあ、ここしかないよね!と言いながら、僕も初めて訪れるのだけど。
ちなみに、そこは僕が憧れのアーティストがやっているカフェで、パスタが美味しくて評判なのも知っていたのだ。
とても感じのいい女性の店員さんに店内の真ん中にある丸いダイニングテーブルに案内された僕らは、壁にかけられた黒板から、それぞれ好きなパスタを選んでオーダーする。
ちなみにボクは、ペペロンチーノ、妻はクリームチーズのニョッキ、息子はトマトとモッツァレラのパスタを選んだ。
まず最初に息子の前に置かれたパスタは、スープ仕立てで、想像していた見た目とはちょっと違ったけれど、とても美味しそうだった。
息子がスプーンとフォークを上手に使って、それを食べ始める。
「めちゃくちゃ美味しい」
目を丸くしてそう話す彼の姿を見れただけでこの店に来た甲斐があるというものだけど、そして僕ももちろん自分のパスタを食べて同じように目を丸くしたのだけど、実はこの店で僕はもうひとつ別の理由で感無量になっていた。
それは店内のなんとも言えない居心地のよさだった。
いい感じにくたびれたインテリア。
大きなスピーカーから流れるイカしたグッドミュージック。
そして、美味しい食事に思わずほころぶ家族の笑顔。
新居のインテリアもこうありたいなあ、といろいろとアイデアが浮かんできて、
「ああ今日、やっぱり無理して外出してよかったなあ」
と僕は思ったのだった。
そうなのだ。
実は10月から新しい職場で慣れない仕事を始めた僕は精神的にも肉体的にも疲労困憊で、妻からも週末はゆっくり家で休んだ方がいいとアドバイスされていたほどだった。
けど、自分が好きなものたちに触れることが出来て、むしろたくさんのエネルギーが得られた1日だった。
でも、家に帰ったら、そんな僕のためにむしろ妻と息子が無理していたことに気がついたのだった。
というのも、帰ってくるなり、息子が、明日、学校に提出予定の宿題にとりかかり始めたからだ。
しかし、案の定、疲れているせいで、計算がうまく出来ず、そして、ちょっとイライラしていた妻からの何気ない一言で、彼は泣き出してしまった。
息子がこんな風に感情を爆発させて泣き出すことはかなりレアなことだし、妻の態度も普段とは違ってちょっと大人気なかった。
そう言えば、お出かけ中も急に僕への当たりが強くなって、ちょっと不穏な感じになりかけたしなあ。
だから、2人が落ち着いたタイミングを見計らって僕はこんな風に語りかけたのだった。
「今は新しい場所への引越しを控えてとてもストレスが溜まる時期だから、どうしてもイライラしがちだけど、僕らがいちばん大事なのは家族だよね。だから、こーゆーときだからこそお互いに思いやりの気持ちを持とうね。みんな今日はお父さんに付き合ってくれて本当にありがとう」
その後は妻と息子も仲直りして、みんなでマリカしたりといつもの僕らの感じが戻ったのだった。
そして、長かった1日が終わり、布団に入って寝ようとしていた僕に向かって、後からやってきた息子が
「ボクはみんなのことが大好きだよ」
と話しかけてきたのだった。
突然のことで意味が分からず、
「みんなって誰のこと?」
って僕が聞き返すと、
「マルとコハクとお父さんとお母さんのことだよ」
と彼。
う〜ん、こういうときにこういうことをちゃんと言えるのが彼なんだよなあ。
もちろん思わず抱きしめたくなったけど、グッと堪えて、その代わりに僕は心の中でこんなことを固く心に誓ったのだった。
「新居は家族みんなが本当に居心地良くて安心して暮らせる究極のインテリアにするぞっ」
てね。