ボクはツッチー
僕はこの会社が大好きだ。
でも、あることがきっかけで1度辞めている。
でも、その7年後、
「戻ってきてくれないか?」
と言われたとき、僕はまったく悩まずに戻ったのだった。
だってまだ好きだった会社から頼りにされたのがとても嬉しかったからだ。
それから15年が経った今
こんな僕だけど、微力ながら、会社の再建に役に立てたらと思って自分なりに決して完璧ではないけれど、頑張ってきた、と胸を張って言える自分がいる。
一方で、もう一度、会社を辞めたくなっている自分もいる。
前回、辞めたのは、自分に自信が持てなかったからだ。
でも、今回、辞めようとしているのは、自分に自信はあるけど、会社をもはや信じられなくなってしまったからだ。
僕は、これをすれば、会社は、確実に僕が憧れていたかつての姿を取り戻すことが出来るというアイデアとそれを実行できるテクニックを身に着けた。
だから、この数年、それをなんとか会社に分かってもらおうと、手を変え品を変えアプローチし続けてきた。
でも、それは余計なおせっかいに過ぎなかった、ということに間抜けな僕はようやく気がついたのだった。
みんな口では、しきりに今のままじゃ駄目だ、変わらなきゃ、なんて言っているけど、誰も本気で変わろうなんてしてなかった。
そう、僕一人を除いては。
そりゃそうだ。
働かなくても働いてもちゃんとそれなりの給料がもらえるこんないい会社、他になかなかないものね。
そして、偉い人の機嫌を損ねないように慎重に振る舞いさえすれば、働かなくてもちゃんと出世だってできる。
こんな天国みたいな会社をわざわざ変えようとするなんて、本当に僕はとんでもない大バカヤローだった。
結局、僕がこれまでやってきたことは、会社に従順で善良な人々を無闇に不安に陥れることに過ぎなかったんだ。
それでも、かつてそんな僕を励ましてくれた人がいた。
「君、面白いよ。ガンガンやりなよ」
そう言って弱気になりそうな僕を傍で支えてくれた人。
Sさんだ。
今だにそんなSさんとはラインで繋がっていて、先日ちょっとしんどいことがあったときも彼にラインで愚痴ったんだ。
そしたら、その翌日、偶然、会社で彼とばったり出会った。
そしてこれぞ本当に人生は小説より奇なり、な展開なんだけど、このときSさんはなんと僕がラインで愚痴ってたあの人と一緒にいたのだ。
僕は数日前にあることが理由でその人に呼び出されて怒られたばかりだから、そのときも「本当に失礼しました」と深々とお辞儀をしたのだった。
そしたら、勢い余ってメガネが取れてしまった。
その僕の姿を見ながら、その人は
「こいつ、まさかここで俺に会うとは思ってなくて、めちゃくちゃ動揺してるよ」
とケラケラと笑い始めた。
そして、その次に信じられない一言が彼の口から発せられた。
「おまえ、Sに俺のことラインしたんだってな」
ゾッとするような冷たい声だった。
そして、思わずSさんの方に目をやると、そこには虚ろな目をしてまるで生気のかけらもないゾンビのような表情を浮かべた彼がいた。
その姿を見た瞬間、
ああ本当に僕はこの会社にとって百害あって一利なしな存在なんだな
っていう事実がちゃんと腹に落ちたのだった。
だから、もう辞めたほうがいい
ってようやく諦めがついたんだ。
だから、昨晩、僕はこの会社の社員を辞めて、
この会社の土になろう
って心に誓った。
そう、健やかな人間は、健やかな土がなければ育まれないって言うからね。
だから、僕はこれからもずっとヒエラルキーのいちばん底で、今までどおり自分が出来ることをもくもくとただ続けていくだけだろう(幸いやるべきことは目の前に山のようにあるから)
唯一違うのはもう愚痴や陰口は叩かないことだ。
だって僕はもう人間じゃなくて、土になったのだから。
そんな僕は、この週末に、独りであのとき行った三崎港の岸壁を再び訪れようか、などと夢想しているところである。