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天国の握手
「死ぬのが怖い」
先に寝室で寝ていたはずの息子が、泣きそうな顔をしながらリビングに戻ってきて、僕と妻にこんなことを言ってきた。
風呂から上がってからついさっきまでYOASOBIのアイドルを歌いながらずっと裸踊りをしていた人間とは同一人物とは思えないくらいの彼のジャガーチェンジ(豹変)ぶりに、
「血は争えないなあ…」
と僕は思わず苦笑してしまった。
でも、確かに僕もこれくらいの年頃(10歳)のときに、急に死ぬのが怖くなって眠れずにシクシク泣いていたら、親父からゲンコツを食らって泣き止んだという経験をしたことがあったなあ。
まあ、僕はいまだに死ぬのがすごく怖くて、だから、気を紛らわせるために毎日あくせく働いてるようなところもあるけど。
いやいや、今は自分のことなどどうでもよかったのだった…。
と我に返った僕は、リビングのカーペットに辛そうに横たわる息子に向かって
「どうして死ぬのが怖くなったの?」
と尋ねてみた。
すると、
「だって、家族と離れ離れになるのが嫌だから」
という全くこちらが想像もしていなかった、でも、めちゃくちゃ可愛い答えが帰ってきたから、思わず眼球の奥の方がジュワッとなったけど、もちろんそんな素振りはまったく見せずに、とにかく彼の不安を少しでも和らげたい気持ちで僕はこんなことを伝えたのだった。
「寿命で考えたら間違いなくお父さんとお母さんとマルの方が先に死んでいるよ。そして、天国で君が来るのをみんなでずっと待ってるから、決して家族は離れ離れにはならないよ」
すると、どうやらその単なる気休めな一言も彼には結構、効き目があったみたいで、途端にあのいつものおちゃらけた姿に戻って僕もホッとひと安心したのだった。
そんな彼が寝る前に、突然、僕の目の前に現れて握手を求めてきた。
突然のことにちょっと驚きながら僕が彼の手を握り返すと、息子は
「天国で会うの約束だからねっ!」
と言いながら、ニカッと笑って寝室の方に走っていった。
その後ろ姿を目で追いながら、僕はこんなことを思っていた。
うん、確かに、天国でまた君に会えるのだったら、死ぬのもそんなに悪くないかもね。
このとき僕もまた生まれて初めて死ぬことの恐怖が少しだけ和らいだような気がした。