「俺はメンデルの言うことは信じない」
息子の竜二が
「卓球を始めたいんだ」
と言ってきたのは彼が小1になった頃だった。
突然のことに俺は少し驚いたけれど、
「てめえの人生だ。勝手にしろ」
とだけ告げた。
妻の話によると、
それから、ほどなくして竜二は自分で見つけた地元の卓球チームに入って、放課後はその卓球チームにほぼ毎日、通い詰めているとのことだった。
「親の影響とかじゃなく、自分から始めたヤツは強い」
というのが俺の持論だけど、案の定、竜二は
小学三年になって大会にも参加するようになったら、自分よりも年上の5年生や6年生をスコンクで叩きのめすくらい強くなっていた。
そのうち、リビングの棚の上には、竜二が獲ったたくさんの優勝トロフィーや盾が飾られるようになった。
まさにすべてが順風満帆、彼の待つ未来はバラ色、将来のオリンピック選手だって決して夢ではない
そう思っていた。
少なくとも竜二自身は。
しかし、俺は彼の心の中に芽生えていた小さな慢心を決して見逃さなかった。
「いくら才能に恵まれても、努力を怠ったらあっという間に身体は錆びついて、努力を厭わない凡人どもにあっという間に追い抜かれてしまうんだぜ」
もちろんそんなこと竜二には言わなかったけどね。というか、俺が言ったところで、当時の彼は聴く耳なんて持たなかっただろう。
それから、4年後
高1になった竜二は、名門の誉れ高い卓球部を入部後、わずか数か月で辞めて、それからは毎日、自分の部屋に閉じこもって、TVゲームばかりしていた。
「ったく、しょーがねーな・・」
そんなある日の夕方、俺は彼の部屋のドアをバーンと勢いよく蹴り上げた。
そして、驚くヤツの顔を見つめながら、
「おい!今からちょっと出かけるぞ。お父さんが、超ウルトラかっこぶーな必殺技を教えてやる!」
とだけ告げた。
このとき俺の右手には、もちろん、あの柄の部分が赤黒く染まったかつての相棒が握られていた。
そう、俺の名前は、佐久間 学。
若い頃は、アクマって呼ばれて恐れられていたくらい、少しは鳴らした
ピンポン馬鹿だったんだぜ。