自分じゃなくていい
今日、とても嬉しいことがあった。
と同時に改めて気づいたことがある。
それは僕がこの世界で与えられた役割について。
そう、実は薄々そうかとは思っていたけど、僕はやはりスポットライトを浴びるタイプではなく、スポットライトを当てる、根っからの大道具さん、裏方タイプだったのだ。
確かに、これまでも何度か間違ってスポットライトが当たりそうになるたびに、いろんな偶然が重なって、奇跡的に当たらずに済んできたし、自分なりに手応えを覚えた仕事はどれも裏方仕事ばかりだった。
とは言っても、僕もそれなりに醜くて愚かな生き物すなわち人間だから、どこかで脚光を浴びたいという邪まな感情を、それこそ数週間前までは抱いていたのも事実だ。
でも、そんな私の邪まな野望はいともあっさりと偉い人たちから却下されてしまった。
だから、ぶっちゃけて言うと、それもあって僕はつい昨日まではまるでタコ糸切れた凧みたいに、本当に気持ちがふらふらふらついていたのだ。
もちろん僕のことだから、その間も目の前の仕事にはいつだってたのきん全力投球だったけど、なんかこいつ意地張ってるだけやな〜とも思っていた。
実際、将来の展望も自分が貢献できることもどれもバクゼン←として何一つ確かなものなんてなかったから、自ずと気持ちは
限りなくうんこ色に近いブルー
に染まっていた。
それがどうだ。
僕は今日、強烈にスポットライトを浴びせたいと思わせる若者に出会って、見事に息を吹き返した。本当に浴びせがいがある人だった。
そんな彼はいうなれば、
スポットライト浴びせGUY
である。
え、え〜と、それはともかく、織田信長なら「人生わずか五十年、下天の内をくらぶれば夢まぼろしの如くなり」と歌いながら本能寺で自害していた年齢になって、僕はようやく
自分がこの世界で果たすべきこと
が分かったんだ。
つまり、これから僕は
スポットライト浴びせ隊
の一員として、将来有望な若者たち(愛息含む)がちゃんと自分らしく輝けるように、自分の身体から発光する光で彼、彼女たちを照らし続けることに全力を注ごうと思う。
ああ、唐突で申し訳ないけど、なんだか知らないけど、泣けてきた。
悲しいのもあるけど、これはきっとうれし涙に違いない。
これまでずっと世界を変えたいと思って頑張ってきて、でも僕は何一つ変えることが出来なかった。
でも、自分じゃなくていいんだ。
何はともあれ
世界は変わる。
ようやくそう信じることができた記念日の今日、記録として、ここにこの駄文を残す。
〈おしまいける〉
記念日の夜にライブ配信した音声がこちら。この記事の補完的な内容になっているので、興味がある方はぜひ。
BGMはこれかな。そのまんまだけど(笑)