天使が舞い降りた夜
先週、ボクは、ある出来事を通じて
愛なき世界(WORLD without LOVE)は確かにこの世に実存するのだ
ということをまざまざと痛感して、心がまるで永久凍土みたいに冷たく硬直してしまったのだった。
しかし、昨日、本当にお茶目が過ぎる家族のギャグという糖衣に包まれた優しさが有効成分の特効薬(バカリン)のおかげで、なんとか生きる気力を取り戻した僕は、さらにそんな自分をあげぽよすべく、自ら率先して行動に移すことに決めたのだった。
それは、自分が好きなモノたちがたくさん待っている街を訪れて、好きなモノたちに直に触れて、気にいった子達をおうちに連れ帰るという作戦だ。
幸い(?)今日は妻と息子があるイベントに参加するため朝から夕方までお出かけしているから、一人でわがまま放題、そのプランを楽しむことができる。
そうと決まれば、即実行に移すのみ。
というわけで、戦利品を入れるいつもの黒のトートバッグをお供に連れて、ボクは
あのチキジョージ(痴気情事©️大島弓子)
こと吉祥寺に向かったのだった。
電車で40分ほどで辿り着いた駅の改札を抜けて、吉祥寺の街に降り立った瞬間、オートモードに切り替わった僕のツインレッグスは、シューシューと風を切りながらボクをあの大好きなお店たちに誘ってくれた。
そして、当初の予定通り、お気に入りのお店に入って、好きなモノに触れて、気に入った子をもらい受けて、を繰り返しているうちに、どんどん自分の気持ちが温かく解凍されていくのが分かった。
そして、帰宅したボクは、嬉しさ余って、その子達をテーブルに並べて、記念写真を撮ったのだった。
ほとんどの人にとってはきっとガラクタに過ぎないものでも、今のボクにとっては、
この世界に愛が溢れていること
を確かめることができるとても大切な宝物たち。
だから、その後もずっとニマニマしながらひとりでそんな彼らを見つめていたら、先にお出かけしていた妻と息子が帰ってきた。
でも、ほぼ一日中息子の付き添いをしていて疲れ切っていたのか妻の機嫌は明らかに悪く、そんな彼女はテーブルに置かれた品々を一瞥するなり
「また余計な買い物をして!」
と吐き捨てるように言ったのだった。
しかも彼女のおみやげにと思って買ったタキシードサムのバッグに至っては
「こんなの私使わないから、今すぐ返してきて!」
とまで言われる始末。
その瞬間、今までずっと張り詰めていたボクの緊張の糸がプチッと切れる音がした。
そして、絶対にもうしないとあれだけ固く誓っていたにもかかわらず、およそ半年ぶりくらいに家族の前でキレてしまった。
「みんなが喜ぶと思って買ってきたのにそんな言い草ないじゃないか!」
我ながら大人気ない言い分だと思いながら、そんな風に泣き叫んで、そのまま自分の寝室に閉じこもってしまった。
そして、敷布団に顔を埋ずめて泣いていたら、今までの会社での悔しくて辛かった思い出の数々がまるで芋づる式のようにどんどんと蘇ってきた。
そのとき、心の奥の方から
「ずっと大丈夫な振りをしていたけど、本当はもうずいぶん前からとっくに自分の限界は超えてたんだ。」
「これ以上続けると間違いなく自分の心が壊れてしまう。」
という声、というか悲鳴が確かに聞こえきたから、ここで僕はようやく覚悟を決めたのだった。
そして、寝室のドアを開けて、リビングにいる妻と息子に向かって
ボクら家族の将来を大きく左右する
ある一大決心を告白をした。
もちろん一人でも異を唱えたら、撤回するつもりだった。
しかし、妻は「さっきは言い過ぎてごめんね」と言いながら、そして、息子は、
「今までよく頑張ったね」と労いの言葉をかけてくれながら、そのボクの決断を心から応援してくれたのだった。
「うん、みんなありがとね。」
そう二人に感謝の言葉を述べていたら、突然、ボクの脳裏に、
イバラの王冠を被った男の前に天使が舞い降りてきて、そっと彼の王冠を取り外す
という映像が浮かんできた。
このとき天使は男に向かってこんなことを語りかけていた。
「もうあなたは十分過ぎるほど頑張ってきたから、私が解放してあげるよ。」
「これからのあなたはもっと自由に自分の人生を生きていいんだよ。」
そんなやさしい言葉をかけられても、いやそんなやさしい言葉をかけられたからこそ、
あれだけ辛抱強く頑張ってきて最近ようやく一筋の光明が見えたきたような気がしていたはずなのに、自らの意思で夢の舞台から途中退場しようとしている
そんな自分がとにかく不甲斐なくて、男はずっと涙が止まらなかった。
でも、ひとしきり泣いた後に男は自分の身体にある変化が起きていることに気がついた。
そうなのだ。
確かに、あれだけ重かった首や肩がずいぶんと軽くなったし、息も以前より深く吸い込めるようになっていた。
「この感じなら、この先どんな困難が待っていたとしても、きっと大丈夫だろう。」
「うん、ボクはまだまだ高く飛べるはず。」
と男は大きくうなづいた。
自分と家族の幸せを第一に考えた彼のこの選択は果たして吉と出るか凶と出るか。
それは誰にも分からない。
しかし、否が応でも
人生は
つづく、のだ。