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やる気が無いのは悪いことなの?
私が前に勤めていた職場は、従業員の99%はヤル気など微塵もありませんでした。
普通の職場でしたら
いかにヤル気が無かろうとも、それを表には出さないのが社会的なマナー、常識ですが、
私のいた現場は面白いことに、やる気の無さを全面に押し出しても全くお咎め無し。
「だりぃ〜」「ねみぃ〜」「もう疲れた」と
そこかしこで断末魔の呻きが聞こえる始末。
私もはっきり言って、社会見学的な好奇心はあったものの、仕事に対するヤル気は0.1%も無かったので、彼らの気持ちを察するのは
それはもう容易なものでした。
そんな極限までヤル気の無い、
希少な職場で働いてみた結果、
逆説的な知見を得ることに成功?しました。
それは、
ヤル気の無い人間も社会の運営には必要
だということ。
「やる気の無い人だって、同じ人間。
だから、みんな大切なんだよ。」
なんてお決まりの綺麗事ではありません。
やる気に満ちた才気煥発な人材は不要で、
やる気が無く才覚も無い人材が必要な仕事…
そんな職場も確かに存在するのです。
私の前の仕事の内容はというと、
ただ突っ立って見ているか、
ただ座って見ているか、歩いて見ているか、
ほぼ、これだけ😅。
やる気も才能も、何も必要ありません。
想像してみて下さい。
活気と才能に満ちた人が、
そんな仕事を続けられると思いますか?
自分の力を持て余して、退屈で仕方がなくて
早々にそんな所からは去っていくでしょう。
長期に渡って勤め上げ、あの仕事を通して
社会に貢献する「才能」があるのは、
あの職場に適した人材…つまりは
無気力かつ無能(内在する能力はさておき)な人である。
という事を現場の労働者と共に過ごしていて
しみじみ感じましたね。
古株の同僚も
「ここはデキる人、やる気ある人から辞めていくよ。長続きするのは木偶の坊だけ。」
と言っていましたし、低能な人ほど、
平凡単純な業務を全うする「実力」がある
のは間違いないでしょう。
変な話ですが、やる気の無い人じゃないと
忍耐強く出来ない仕事もあるんですよね。
なので見出しの表題の答えは、
やる気が無いことは
全然、悪いことではありません。
全ての人には自分に適った役割があります。
でいかがでしょうかね😁