遠き落日 渡辺淳一:著
本書を読もうと思ったきっかけはNHKの「フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿」を見た事にある。紙幣の肖像にもなり、立志伝中の人物として有名な野口英世の業績とされるものの殆どが間違いであり、最後は効きもしない自分が開発した黄熱病のワクチンを接種しアフリカに行き、黄熱病に罹って死んだという。終始否定的文脈で野口英世が扱われるこの番組に何も知らなかった私は驚愕し、逆に野口英世という人に興味が湧いた。
野口英世とはいかなる人物であったか、作者後書きが端的に表している。
とてつもないハンデと逆境の中、のしあがり、世界で知らぬ者はない医学者となった事は紛れも無い事実だ。冒頭の番組では医学の歴史書の中には、野口英世の名は一度も出てこない、医学の功績の中には野口英世は存在しないという発言があった。本書を読んで思うのはだからなんなんだという事である。電子顕微鏡もない時代に細菌より小さいウィルスを見つける事などそもそも不可能な訳で、当時としては克服が困難な病だったという事に過ぎない。本を読んだ感想に過ぎないが、私は野口が名誉や出世欲のため、故意に虚偽を行ったとは思えない。様々な差別の渦中にありながら常人離れした取り組みにより野口自身の中の真実にたどり着いたという事であり、発見が間違いであり、後世に何も残さなかったとしても人間の魂を震わすものだったと思う。そういう意味で子ども用伝記に出てくるような都合の良い部分を取り上げただけの人物像でなく、ありのままの野口像を伝える事こそ、後世に残す意味があるのではないか。