#32 フタバアオイと葵祭
10年くらい前に、小さな鉢におさまったフタバアオイを買った。
葉の大小のつき方に、一目惚れしたのだった。
大事にしようと思っていたのに、薄紫の花を咲かせた後、次の年に枯らしてしまった。
以後、枯らしてしまったことがずっと心残りだった。
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2年前、下鴨付近を散歩していると、とある民家の玄関先にフタバアオイの鉢植えが15鉢ほど並んでいたので足を止めた。
よく見ると、鉢植えの横に
「フタバアオイの保全にご協力を」
「京都府立植物園の再開発に反対」
と書かれた張り紙があり、その脇には一鉢いくらと代金を入れる箱が設置されていた。
フタバアオイの保全って何だろう。
気になって調べてみると、そこには葵祭とフタバアオイの密接な関係性があった。
京都三大祭りのひとつ『葵祭』では、葵の葉と桂の枝葉を絡ませて作られる『葵桂』という装飾品を、内裏宸殿の御簾をはじめ、 御所車、勅使、供奉者の衣冠、牛馬にいたるまで行列のすべてに飾りつけられます。その材料に使われるのがフタバアオイで、一回の祭礼で12,000枚〜16,000枚が消費されるらしい。
かつては神社に自生するものや周囲の山などで採れもので賄えていたが、近年の環境の変化で生育数が減少し、祭礼に必要な枚数が集まらなくなって困っているとのこと。
そこで葵祭に使うフタバアオイを京都内外の学校や会社、個人で育て、株を増やし、神社にお里帰り(奉納)する『葵プロジェクト』なるものが2010年に立ち上げられた。
そのプロジェクトの一環なのだろうか、こうして路上でフタバアオイの苗を販売しているようだった。
最終的にはフタバアオイが自生する、いにしえの森の復活を目指している。フタバアオイを自ら育てていくことで、京都伝統の葵祭が身近になり、葵祭や日本の伝統文化への思いや理解深まり、祭に欠かせない装束や道具など周辺の伝統産業の技術を未来へ継承する力が育まれる。
要するに『葵プロジェクト』は、フタバアオイと伝統を思う心を育むことで、葵祭や日本の伝統を支える縁の下の力もちということらしい。
その考えに賛同できたのと、代金が安かったことで、その場で2株分けてもらうことにした。
それに前回枯らしてしまったことが引っかかっていて、いつかまたフタバアオイを育てたい、常々そう思っていた。
そして、そのチャンスが訪れたのだと早合点したのだった。
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リベンジの時が来た。
今度こそ大切に越冬させ、上手に育てて株を増やすぞ!
今年の葵祭に、私のフタバアオイを何株かお里帰りさせるつもりだった。
しかし、気合いが空回り。過保護すぎたのか、いつの間にか株は増えるどころか水を与え過ぎて根腐れをし、ついに新芽が顔を出すことはなかった。
この結果に、さすがの私も落ち込んだ。
私はもう、フタバアオイの株を見かけても持って帰らない方が良いのだろうか。
次に株が路上で販売されているのを見かけたらどうしよう。
そんな心配をしながら散歩をした5月18日。
3日前の葵祭に想いを馳せながら、出町橋の袂付近で家から持参した牛乳と氷、水筒に入れた水出しコーヒーでアイスカフェラテを作って飲んだ。
飲み終わる頃には、またフタバアオイを迎え入れようという気持ちになっていた。