自分の文化を築くということ
ワイドショーやニュースを、ほとんど見なくなって数年が経ちます。見るのをやめようと思った時には、周りの話題についていけなくなるのでは?流行遅れになるのでは?と心配しましたが、この数年間で、困ったことは正直一度もありません。
昨日、子供に頼まれた番組を録画する為に、地上波をつけた瞬間、政治家の不倫についてコメンテーターがぶった斬るというコーナーが流れていました。長らくこういった情報から離れていたので、面食らってしまいました。
不倫は犯罪ではないので、倫理観の欠如とか、好感度低下とか、その辺りが責められるのかなと思いますが、これほどパーソナルな問題というか一家庭の問題であり、他者にとって関係のないことってないなぁと思います。だって、もしかしたら当人の奥様は不倫を容認していて、むしろ夫が自分以外の女性と肉体関係を持つことにより、自分にその矛先が向かないことを、良しと思っている可能性もなくはないですよね。(昨日のワイドショーについては一瞬しか見てないので、どの点を責められていたのかは分かりませんが。)
端的に言えば、私には全く関係がないことを、コメンテーターが早口で言葉数多く捲し立てているというだけなのです。
私だけでなく、当人と奥様、不倫相手の女性以外には全く関係ありません。
義実家に行くと、義父は朝から晩までテレビの前でワイドショーを見て、そこで得た情報をさらに歪曲した形で、憤りながら私たちに伝えてきます。
1日のほとんどを芸能人や政治家のゴシップを見て過ごし、「あぁ、今日は幸せな1日だったな」と思って眠りにつくことができるでしょうか。
自分自身が生死の境をさまよったり、身近な人の死を経験したりしなければ、時間の大切さに気がつくことが出来ないのでは、あまりに悲しい。これは私自身のことですが。
どんな権力者でも、強盗でも、戦争が起きても、個人から奪うことが出来ないものは、その人の中に築かれた文化なのではないかと思います。
自分が何に価値を置くか、どのように考えるか、自分の残りの時間を使うのにふさわしい事は何か、他人が良いと言ってるとか、世間ではこうしてるとか、そういう理由を一切抜きにして考え抜いたこと、それによって築いたものが、自分の文化になっていくのだと思うのです。