『図書室の祈り』
中学校の三年間、図書委員をやっていた。
同学年で同じく図書委員の一人だった渡辺さんと一年生の頃から交際していたが、三年生の夏休み前に「サッカー部の中村君に告白されたから」と言われ、あっさりとフラれた。
そのあとすぐに渡辺さんは図書委員を辞めた。僕は図書委員で唯一の三年生になった。
夏休みが明けると、僕の浮気が原因で二人は別れたのだという、ありもしない噂が学校中に広まった。誰かがついた嘘を、みんなが信じて、みんなが拡散した。
渡辺さんは生徒会の副会長も兼任していた。サッカー部の中村君は生徒会長でもあった。全校生徒が渡辺さんと中村君の交際を祝福して、そして僕は全校生徒の嫌われ者になった。
渡辺さんと入れ替わりで三年生の東城さんが図書委員に入ってきた。
東城さんは髪を染め、ピアスを開けた、いわゆるギャルだった。
外見は派手でも東城さんは真面目で物静かな人だった。ふっと思い出したことがあった。東城さんもいつも一人だった。一人で廊下を歩き、一人で登下校をしている東城さんを何度も見かけたことがあった。
図書室の先生にそれとなく彼女が委員会活動を始めた理由を訊くと、受験に向けて図書室で勉強させてほしいと立候補してきたそうだった。先生は何かその裏にある複雑な事情を隠しているようだった。だから、それ以上は訊かなかった。
東城さんは真面目に委員会の活動に取り組み、それを終えると閉館まで勉強をした。わからない問題があると僕に尋ねてきた。いつしか彼女の隣に座り、彼女に勉強を教えることが放課後の日課になっていた。何気ない話をするようになり、時々は冗談を言い合うようになった。
東城さんは僕の例の噂には触れなかった。彼女は誰かの噂や悪口を決して口にしなかった。
無責任な言動を嫌っていたのだと思う。だからこそ、無責任な発言や行動が蔓延する学校生活に馴染むことが出来なかったのかもしれない。
それから半年が過ぎ、卒業式を迎えた。
二人で図書室の先生に卒業の挨拶を済ませたあと、僕らはいつもの窓際のカウンターテーブルに腰を下ろした。東城さんは無事、志望校に合格した。そのあとも彼女は卒業の直前まで図書委員の活動を続けた。
「私は同窓会とかは行かない。今井と会うのは今日が最後になるかもね」
窓の下には中庭が見えて、同級生たちがいくつも輪を作り別れを惜しんでいた。
「最後の半年は毎日のように会っていたから寂しくなるね。ありがとう。東城さんのおかげで今日まで楽しかった」
彼女は不思議そうに小首をかしげ、小さく笑った。
「私と会えなくなることが寂しいと思ってくれるのは今井だけだよ。ありがとう。寂しいと思ってくれて」
彼女は僕の胸元を見た。
「第二ボタン、余ってるならくれない?」
「ボタン?」
「先客がいるの?」
「まさか」
僕は学ランの第二ボタンを外して彼女に渡した。
彼女は受け取るとじっと眺めてからスカートのポケットに仕舞った。
「いつか結婚するまで、大切に持っておくから。絶対に捨てたりしない。約束する」
実はさ、と彼女は言い、ふふんと笑った。目を疑うほどに、綺麗な横顔だった。
「いつもここで神様にお願いしてたんだ。卒業式の日、今井の第二ボタンを私にくださいって。神様、叶えてくれた」
図書室の先生が入って来て、そろそろ閉めるわよ、と言った。