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たのしみは。

たのしみは 
次の日休みの金曜日
六時間目の 
チャイムなる時。

小学三年生のときだっただろうか、担任の先生から、「たのしみは」から始まる「五・七・五・七・七」の短歌を次の日に書くと予告を受けた。学校からの帰り道、明日は誰よりも良い短歌を披露してやろうと、私は必死になって考えた。いや、クラスだけを視野に入れていたのではない。県の優秀作品に選出されて、全校集会で表彰されて、名前を呼ばれて立ってみたい。そんな野望まで胸に隠していた。

自分が一番楽しみなことはなんだろう。学校から帰って友達と遊ぶ時、サンタさんが来るクリスマス、誕生日にいちごケーキを食べること。自分が楽しみなことを色々と頭に思い浮かべてみる。あまりに真剣に考えたくて、その日は友達との遊びまで断った。一人で一輪車を持って近所の公園へ行き、公園の周りをぐるぐると周りながら、楽しみなことを思い浮かべた。一番楽しみなこと。考えを巡らせても、どれが「一番」楽しみなのか、検討がつかなかった。しかしふと、特別なことばかり考えていたけれど、一番楽しみなことっていうのは、年に数回とかではなくて、もっと身近にあるんじゃないか、と感じた。そう考えると、誕生日もクリスマスも、旅行も大好きだけれども、金曜日の六時間目のチャイムが鳴った時のあの瞬間は、何にも耐えがい幸福感に包まれることが思い出された。土曜日でも日曜日でもない、金曜日のあの瞬間というのが大切なのだ。家に帰ったら、ドラえもんにクレヨンしんちゃん。次の日の休みでは、友達と隣町の駄菓子屋さんまで自転車で走って行く。日曜日は少し憂鬱だけど、それでも夕方まで友達と近所の公園で遊ぶ。幸せな週末の訪れを知らせるチャイム。これこそが一番の「楽しみ」である。そうと決まれば「五・七・五・七・七」のリズムを考えなくちゃ。その日の夜までにアイデアは思い浮かばず、次の日の朝、学校へ行くまでの通学路で、この短歌が完成した。通学路のどの場所の、どの位置で完成したのかということまで、はっきりと、鮮明に覚えている。震え上がるような快感と、勝利を確信した確固とした自信が私の胸いっぱいに広がり、ほぼ走るようにして学校へ行った。絶対に誰よりも時間をかけて考え抜いたし、誰よりも良い作品だという自負があった。


結局のところ、あの短歌はクラスでの表彰すらない、国語の授業のちょっとしたものだった。その時の失念たるや。快感の絶頂から一気に失意のどん底へ突き落とされたものだった。それでも、その時の感動は、今になっても忘れられない。小学校時代の一番の思い出の中の一つと言えるだろう。
この短歌は、私の心の中で、いつまでも生き続けている。



それに、今になっても金曜日は一番の楽しみだ。


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