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「衰退途上国日本」で萎縮していく高等教育機関,大学・大学院の疲弊ぶり(前編)
※-1 日本の医療体制一例-高須クリニックの場合-
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まず『産経新聞』が約6年前に報道した記事を引用する。
◆ 高須クリニック側,2審も敗訴 CM『陳腐』発言訴訟 ◆
=『産経新聞』2018年11月1日 16:46,https://www.sankei.com/article/20181101-LR2K6WBUOVJSFBHZYBWRZ7G =
国民民主党の大西健介議員にCMを「陳腐」といわれ,名誉を毀損されたとして,美容外科「高須クリニック」を運営する医療法人が大西氏や同党,国などに1千万円の損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決が〔2018年11月〕1日,東京高裁であった。
菅野雅之裁判長は「発言は名誉毀損とは認められない」として請求を棄却した1審東京地裁判決を支持,医療法人側の請求を棄却した。
クリニックは「イエス,高須クリニック」のCMでしられる。大西氏は昨〔2017〕年5月,衆院厚生労働委員会で,美容外科の広告規制に触れ「『イエスまるまる』と連呼するだけのCMなど,非常に陳腐なものが多く,患者が医療機関を選ぶうえで有用でない」などと発言した。
菅野裁判長は,発言は「医療機関名だけを告げるCM一般を対象としており,ことさらに原告のCMを批判する趣旨ではない」と判断。「具体例に挙げられ不快な思いをしたのは理解できるが,発言が医療法人の社会的評価を低下させるものとはいえない」とした。
つぎに,「高須院長 フジのスポンサー『続行』宣言 『世間の目を気にして…』真相解明を求める姿勢に賛同の声」『スポニチ』2025年1月20日 10:45配信,https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2025/01/20/kiji/20250120s00041000093000c.html を紹介してみる。
「高須クリニック」院長・高須克弥氏(79歳)が〔2025年1月期H20日,自身のX(旧ツイッター)を更新。タレントの中居正広(52歳)をめぐる女性トラブルに関し,スポンサー各社がフジテレビへのCM提供を取りやめていることに関して私見を述べた。
中居をめぐる一連の報道を受け,同局は今月17日に港 浩一社長らが臨時の定例会見を開いた。会見への参加は在京の一般紙やスポーツ紙,通信社などで構成されるラジオ・テレビ記者会に限定され,19社33人の参加にとどまり,世間から反発の声が上がっていた。
会見以降,トヨタ自動車をはじめとするスポンサー各社が同局へのCM出稿を取りやめ,「公益社団法人ACジャパン」に差し替わる事態が起こっている。高須氏は「僕は風評に揺れ動く世間の目を気にしてフジテレビから離れるスポンサーにはなりたくありません」と思いを述べ,「僕は真実が明らかになるまでフジテレビのCMは変えません」と,真相解明を待つとした。
この投稿には「いまはなにが正しいのか見極めないと分からない事が多い」「真実は果たして明らかになるのか」「まず,確実な話が分からないと責任ある大人の行動がとれない」「第三者委員会の発表次第では撤退もありうるということなのか? 下手すれば,不明確のまま終わりそうな気もします」「ちゃんとやれよ!というスポンサーからの意思表示と受け取りました」と,さまざまなコメントが寄せられた。
以上,世間の常識からは飛び出すぎていた高須克弥先生,いままでのなにかとお騒がせぶりは,整形・美容外科医院の経営者としての有能ぶりによって,大いに稼いできた潤沢な資金があってこそ,持続可能にさせえていたものと推察する。
※-2「研修後,美容医療の道 若手の『直美』規制へ 深刻化する医師の偏在」『毎日新聞』2024年12月23日夕刊,https://mainichi.jp/articles/20241223/dde/041/040/010000c
♥ 美容外科の診療所で勤務する医師数 ♥
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過疎地などで地域医療が崩壊する一方で,自由診療を中心とする美容医療クリニックが増加している。臨床研修を終えた直後から美容医療に従事する若手医師も相次いでおり,こうした動きを指す「直美(ちょくび)」という言葉まで生まれた。放置すれば医師偏在をさらに深刻化させかねないとして,国は規制強化に乗り出す。
美容クリニックを2年前に開業した30代の男性院長は,勤務医だったころの過酷な日々を思い返す。
国立大医学部を卒業後,外科医として病院に勤務した。親族と同じ脳神経外科の開業医をめざしていた。
だが「多忙ななか,頭もまわらず,患者に向きあえている状況ではなかった」。急な手術や当直などで体は疲弊した。患者の治療や自分自身のことも思い,「外科医に向いていないのではないか」と,考えるようになったという。
美容医療に「マイナスをゼロでなくプラスに変えるポテンシャルがある」と転向し,東京都内で美容クリニックを開業した。
収入面も転向を決めたひとつの理由だ。多くの同級生は勤務医より高給の企業に勤め,働き方改革が進んでいた。「勤務医の待遇は仕事の内容にみあってないな」とつくづく思っている。
厚労省の調査によると,美容外科をかかげる診療所は2023年時点で2016施設に上り,3年間で4割以上も増えた。SNS(ネット交流サービス)の発達などで美容医療の需要が増えていることが背景にある。花形のイメージと裏腹に激務の外科医が,各地で不足しているのと対照的だ。
厚労省は,美容医療を中心とした自由診療に医師が流れるのを抑制するため,保険診療をおこなう医療機関を開業する要件に,保険医として3年以上の勤務経験を課すことを検討する。美容クリニックは保険診療を手がけることもあるためだ。
男性院長は,自身が従事していた外科など特定の診療科で医師が不足していることについて「時代に合わせて待遇や働き方の改善を図るべきだ」と考えている。一方で,美容医療も患者のためになっているという自負があり,過度な規制には反対だという。(引用終わり)
この種の話題を聞いていると,国公立大学と私立大学のそれぞれ医学部における学費の水準に,ただちに関心が向かわざるをえない。以下は,2020年時点の資料となるが,国公立大学医学部と私立大学医学部に進学した場合にかかる学費は,こういう金額になっていた。
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私立大学医学部は以下のとおりであるが,国公立大学に比べると,格段の金額差(一桁多い点)が特徴的である。また私大の場合さらに,大学間で2倍もの大差が出でいる。これがまた,それぞれに大学市場における学費:価格の「序列」として,ひとまずは定まっている現状をみせており,これなりに興味がもてる業界事情である。
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また,より新しい最近の医学部学費事情をのぞいてみると,いままでそれほど変化のなかった情勢に一定の動きが出ている事実に注意したい。ここではたとえばつぎの案内を参考用に挙げておく。
ちなみに高須克弥先生は,『YES,高須クリニック』というコピーは,顧客のすべての要望に対して「YES」と答えていきたいという意味をこめている,と説明している。このキャッチ・コピーの考案者は,古くから高須のCM制作を担当しているディレクターとのこと。
なお,高須克弥は,1945年1月22日愛知県に生まれ,現在79歳。出身校は,私立大学の昭和大学医学部,現在の職業は「医師,タレント,僧侶」だと(ウィキペディアには)説明されている。
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高須克弥の先祖には徳川家康との深い因縁があったり,また祖母(小児科医)や母(産婦人科医)という家系をもっていたりで,遺伝子的に優秀な人物であった。実際に克弥が昭和大学医学部に進学したころは,つぎのような連中が同級生たちに居たと,これまたウィキペディアには書いてある。
つまり,高須克弥は母校について「当時の医学部偏差値ランキングでいえば三流大学であり,まわりには開業医の子弟のおちこぼれボンボンがたくさんいた」と述べているが,当人がその同類に属していたかどうかは,第3者立場にいる本ブログ筆者には,うかがえる事情ではない。
もっとも,筆者の記憶のかぎりでいうと,昔の私大医学部では,入試の合格基準に達しない受験生でも「1点プラスしてもらうのに100万円必要だ」「その不足分の点数相当の金子を差し出せば,めでたく合格」といった,その種の入試政策が本当におこなわれていた。
そうなると,貧乏人にとって私大医学部に進学できるという出来事は「夢のまた夢」,きわめてハカナイ希望でしかありえなかった事実が理解できる。
ただし,たいそう実力のある高校生の受験となれば,貧困家庭で生活してきた彼であっても,国立大学の医学部を受験して合格できる場合は,なにも特別の迷いや苦労はないと思われるが,
そのほかの圧倒的な数になる「それなりの実力の持主である高校生」たちにとって,しかも経済的に恵まれていない彼ら・彼女らの場合だと,私立大学医学部への進学希望は「要は高嶺の花だから最初から諦めようね」という話にしかなりえない。
本ブログ筆者も大学受験を控えていた時期,「私大の医学部を受験する」などといった希望は,たとえば学力があって合格のみこみが80%以上あっても,そもそも家庭の金力が「受験して仮に合格しても」「入学すら許されあない状況にあった」からには,そもそも最初から諦めるほかない「考え」として排除されていた。選択肢にすらなりえなかったわけである。
昔,第2次大戦後だと思うが,ある国では医師になる人間がほかの職業に就く労働者たちよりも高給を食むことは「同じ労働者諸君の1人である」のに「不公平であるといった理由」から,賃金を低めてほかの職種とそれほど変わりない水準に設定していた。つまりは,そのような社会主義国があったというわけで,しかしその国では事後,医療体制が崩壊同然になったといったというから,架空の話のようで本当に,そうした結末にまで突きすすんだということであった。
医師になるにはどの国でも,それなりに「人間の命に直接かかわる医療問題」に当たるべき人材を育てることになる。そのためには,経費もかかるし,そもそも優秀な頭脳・学力・分析力・判断力などをもった人間を選抜したうえで,育成していく必要がある。
そうした対象となる学生として選ばれ,大学医学部を出てから社会で実際に医療行為に従事することになる人たちが,並みの賃金しかもらえないということになれば,最初から医師になりたいと思う人間はいなくなる。
日本の私大でいわゆる裏口入学(入学試験時に割り増し学費を裏払いして合格させてもらう方法)が,かつて当たりまえに横行していたのは,実は医学部という学部を設置し,これを学校法人のなかで運営・維持していくためには,附属病院という収益機関の併置がなされているのは自然かつ当然にしても,
そもそも学費の水準を国公立大学医学部とは桁違い金額で,それも私立大学医学によっては「6年間の教育」で,10倍以上にもなる格差でのその金額が,当然のように提示されているのだから,はたしてこの現状そのものでよいのかという疑問が,提起されないほうがおかしい。
高等教育機関の存在意義は,ごく簡単にいえばこれは「人間の生命,その健康を守る」ための学問と,その人材輩出をするための医学部を,社会全体のなかでどのように意義づけ,位置づけ,評価づけするかという肝要な事実をめぐって定義されるべきであった。
だが,日本の場合,とりわけ私大医学部の高い学費水準は,医師育成のためにかかる必要経費を考慮すれば当然の水準にあるとはいえ,「はたして,このままでいいのか」という基本に立ちもどり,まだまだ吟味を要する前提問題がある。
※-3「〈ニュースぷらす〉日本のノーベル賞は終わり? 研究力低下で激減必至に」『日本経済新聞』2025年1月20日夕刊2面という解説記事が意味すること
この日経の解説記事を画面を切りとって紹介する。実は,本ブログ筆者は日本はノーベル賞を,いままではけっこうな数,授賞されてきたけれども,今後はあまり期待できなくなると,すでにほかの記述で指摘していた。
そのように考えていたら,日経のこの「日本のノーベル賞は終わり? ……」という見出しをかかげたコラム的な解説をする記事が登場し,その懸念をとりあげ議論していた。
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a)「日本の科学者のノーベル賞受賞が続いていたけど,ここ3年間はないよね」「大学や企業の研究力低下が指摘されているし,この先は受賞者はなくなるのかな」
このように心配というか期待をしたい気分で,日本でもっとノーベル賞を受ける科学者たちが出てほしいという願望は,誰でも抱いていると思う。いままでの「日本の科学者の受賞は多い」のであって,「2021年の物理学賞を受賞した真鍋淑郎氏のような米国籍も含めると25人になり」「世界5位で」ある。
「湯川秀樹氏が1949年に物理学賞を受賞してから半世紀〔間〕は計5人で」あったものが,「2000年に白川英樹氏が化学賞を受賞すると,急増」,「21世紀以降は19人で,米国のつぎに多くなってい」た。
だが今後においてその受賞が期待できる「現在の候補者のほとんどは60歳以上で」「次の世代になると心もとなくな」い。
要は「近年の受賞ラッシュは1980〜90年代までの研究環境による成果といえ」,しかも当時は研究「資金は必ずしも潤沢ではなかった」が,「大学などでは思う存分研究に専念できてい」た。
ということは,「2004年の国立大学の法人化以降,基盤的な資金である運営費交付金が削減され」,「人件費抑制のため,多くの大学が常勤の教職員を減ら」され,そのうえ「雑務に追われ,研究時間が減ってい」る。
「また,若い研究者は任期付きの雇用が増え,博士課程への進学者が減り」,「深刻な科学力の低下を招いた大きな要因といえ」る,と指摘されるごとき「日本の研究体制の基本問題」が,最近は目立っている。
以上の説明は結局,国家の文教政策が「日本の科学力低下」を「深刻」にさせてきた結果を指摘している。
(中略)
b) 現状に触れるとさらに,こうなっているという。「新興国の台頭が大きいとはいえ,先進国でも低下が目立ち」,とくに「日本からはオリジナリティーの高い質のよい論文が出にくくなってい」る。
〔日本の文部科学省は〕「日本は長引く経済の低迷で予算を有効に使おうと,研究テーマの『選択と集中』で競争を促し」てみたものの,「これはノーベル賞級のタネを生み出す意味では」,大の付く「失敗でした」という顛末を迎えていた。
(前略)……〔生命科学分野での話になるが〕「1件500万円以下の研究費を多くに配る方が効果が高いとわかり」「金額当たりの論文数が増え,ノーベル賞級のトピックに関する成果も多かった」
補注)ここでの指摘はなにも,自然科学部門にだけ妥当する意見とは思わない。社会科学や人文科学では数百万円の研究費を手にできれば,研究テーマによっては,自然科学とまた違った効果を大々的に上げられる可能性も高く期待できる。
大学研究費のことになると「大型・新規の研究企画」ばかりが関心を惹き集めるが,その前にもっと社会科学と人文科学の分野では,薄くてもよいから広く研究資金を,それも若手研究者を中心にどんどん配るべきである。この程度の配慮を欠いているようだと,若手研究者のやる気がさらにもっとそがれる。
〔つまりは〕「ノーベル賞受賞者は『少額でいいから好奇心に基づく研究ができるようにしてほしい』と訴え」ていることを勘案し,「科研費を増額し,多くの研究者に助成する方が有効だとみられ」るのだが,国の態度はこれにまともに応じようとはしてこなかった。
いままで「国は『10兆円ファンド』を作ってトップ校の支援に乗り出し」たけれども,「基礎研究は有力大学だけでやればよいわけでは」ない現実を軽視してきた。
「たとえば,次世代太陽電池と期待を集めるペロブスカイト型は桐蔭横浜大学の宮坂 力特任教授の成果で」「1人の大学院生の思いつきから始まったもので,小規模な実験で成果を挙げ,世界が注目してい」る。「研究の裾野を広げる取り組みが不可欠にな」っている。
c) 「目利き」による評価,復活のカギに
ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授には,大阪大学の岸本忠三元学長という恩人がいる。岸本氏が国の研究費の審査を担当したさい,無名だった山中氏への支援を決め,iPS 細胞 につながった。
提案は「おもしろかったが,ほんまかいな」という印象で,成果が出るとは思わなかったという。
研究費の審査の多くは合議制で,一定の成果がみこめる著名な研究室の出身者が有利になる。大化けの可能性のあるダイヤの原石は埋もれかねない。「目利き」による評価で独断でも助成できる余裕が,いまの日本に必要だ。(引用終わり)
以上,日経のこの記事は,日本における学術研究体制の現状そのものを,批判的に詮議していた。ところがその間,大学の教育と研究のあり方に対してだが,実業界の人間が進出してきては,「選択と集中」がこれからの大学における研究体制には必要不可欠だとか,いかにもしたり顔で意見してきた。
ところが,その後,日本の産業界のほうが,そもそもどのようになっていったかは,ここで指摘するまでもなく,たいそうな体たらくを足跡として残していた。大学に対する産業界の要求の仕方には,研究体制のあり方に関してお門違いというか,勘違い以前の方向違いが目立つ。
その事実は,アベノミクスというエセ経済政策のサギノミクス性にも連結していた問題性でもあった。
別言するとしたら,日本というこの国家を悪夢(魔?)のように破壊しつづけてきた「安倍晋三の第2次政権」時に,とうとう飛び出してきた事情にがあった。その事実を考えるために有益である文献を挙げていえば,吉見俊哉『「文系学部廃止」の衝撃』集英社,2016年が指摘したように,安倍晋三はさらに,「日本の大学」をひたすら劣化させ破壊していくだけとなる事態を呼びこんでしまった。
文部科学省が1991年に開始した大学院重点化政策は,これが意図したのとはまったく正反対の効果,すなわち日本の大学院の質の上昇ではなく,むしろ質の劣化をもたらすという結末を呼びこんでいた 注記)。この事実は,前段で触れた「ノーベル賞」を日本人のなかから生むというその基盤にまで,よからぬ影響をあたえ,日本の研究体制を劣化させる原因になった。
注記)吉見俊哉『「文系学部廃止」の衝撃』集英社,2016年,132頁。
今年は2025年になっている。大学院重点化政策から早,ほぼ四半世紀が経過した時期にまで至っている。もしかすると,ノーベル賞をウンヌンするような日本の大学の研究体制ではなくなりつつある,そうまでいっても,おおげさではないのである。
※-4「【山極壽一】日本は失敗を大学に押し付けてきた」『NEWS PICKS』2020年9月27日, https://newspicks.com/news/5256625/body/ から
(この記事は有料で最初の段落しか読めないのだが,この画面で読める材料を使い記述する)
さてこの山極壽一を登場させて論じた一文は,コメントを寄せた人物の発言をもって,日本の大学関係においては,研究促進をさせうるための基礎的な条件整備が〈なっていない事実〉を語らせていた。
日本の産業界,アカデミアがともに国際的な競争力を失いつつあるなか,国立大学は「改革が足らない」と,産業界から再三の批判を受けてきた。科学者を代表する機関「日本学術会議」の会長として,また京都大学総長として国や産業界との議論を重ねてきた山極壽一総長は,こうした批判についてなにを思うのか。
ここからは,購読が可能になっていた【 注目のコメント】のほうに,いきなり飛び,つぎの「その寸評」を紹介する。
ここでの発言者は,東京大学大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻 教授山崎俊彦である。日付は,2020年9月27日。
この記事でも,あえて補足のために議論されていない内容を付けくわえたいと思います。
まずは「企業は大学にお金を出さない」についてです。これは,正確には「企業は日本の大学にはお金を出さない」です。いつまで海外礼賛が続くのかしりませんが,海外の大学には非常に自由度の高い寄付金を数千万円ぽんっと出すくせに,
日本の大学だと100万円の共同研究費でも渋った挙げ句,「そこから生まれた知財はすべて我社のものです」となります。とくに大企業ほどそうです。このNPにもいらっしゃるあの会社とかこの会社さんもです。知財の考え方については長くなるので割愛しますが,世界の常識からはずれている。
また,産業界の失敗について。今後,変わるかもしれないと思っています。なぜかというと,結構多くの企業が博士の採用を積極的におこなっているからです。企業の方でも管理職になるために博士の学位が必要だからと社会人博士として学びの場に戻ってくる方もいらっしゃいます。
ようやく日本が博士人材の重要性や有用性に気づき始めたと思っています。昔は「博士なんてオタク過ぎて駄目だ」とする論調がみられました。大学院では,特定の分野の狭い技術だけを教えているわけではありません。
自分が興味をもてるテーマを題材にしながら,問題発見能力,問題解決能力,プレゼン能力などを学びます。「博士は使えない」は「博士を使いこなす能力がない」だけかもしれないと疑ってみてください。ただ,遅きに失した感は否めないです。
もう大昔の話になる。いまではもう存在しない某精密機器メーカーの副社長であった人の話となる。彼は,東京都心の某私大商学部の博士課程に入り,いろいろ努力して学位を取得した。
本ブログ筆者は,それに至るまで彼とはいっしょに勉強する仲間になっていたので,彼からはとくにドイツに商用で出向いたとき,一番「悔しく感じること」が,学位をもたないために,会社の副社長であっても「なにか対等にあつかってもらえない」というもどかしさがあったことを,なんどか聞かされた。
当時は大学院重点化政策が始まった時期よりもずっと前であったから,なんというか彼が学位を取得するに当たって,指導教員に対する接し方というののなかには,「本ブログ筆者のような当時,貧乏学生の立場」から観て,これはもうすごいものがあったな,という印象を残した。
どういうことか? 金力がないと多分,学位(博士号)というものは望めないのかな(?)といったふうに,いうなれば,その時分においてなりに正直な感想をもったのである。
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【続 編】つぎのそのリンク先住所となる。
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