これも順番なのですか?
80歳は若者から50代の人にとっては超老人、もうすぐ死ぬ人だろうと思うだろうけれど、本人にはその様な意識は全く無い。
まだまだ、遣りたいこと、やるべき事が山積し毎日が忙しい。
健康の裏付けが有るから、そんな事が言えるのかも知れない。
私の家系は結構、長寿の家系だ。両親も2人共に90歳以上迄生きてくれた。
何の心配もなしに晩年を送っていた姿を思い出す。
最大の親孝行は子供が自立し、遣り甲斐の有る人生を送っている事だろう。
その点では私は自分に及第点を与えられると確信している。
私の兄弟も皆、健在。とても幸せだ.......,
と言いたいところだが、とんでもない事が起きてしまった!!!
私も80歳になったので、巷の常識に沿って人生のゴールを想定し、準備を始めた。
例えば、今年のゴールデンウィーク期間中、10日を振り当てオープンガーデンと称した私の合唱団メンバーとの語らいの場を設定した。
60名以上の参加者が毎日瑞穂の我が家まで足を運んで下さった。
相互理解の為に、とても有益であった。
通常練習の日は目一杯練習に時間を費やすので、個人的な会話は出来ない。
この時間を持てた事はその後の活動にとても役立っている。
周りの様子から80は一つの節目なので、兄弟も会える内に会おうと決めた。
早速、兄に電話し、訪問日の約束を取りつけた。
お互い何の不安も持っていない。
当日になった。
玄関から入る。
兄が迎えてくれた。
面白いファッションをしている。
頭には頭巾みたいなものをかぶり、ユニークだねと笑った。
すると兄が突然、後5ヶ月位の命なんだと笑った。
今、抗がん剤をやっているから、頭髪が全て抜けこの帽子を被っている。
何を悪い冗談をと、耳を疑った。何故なら、姿は元気そのもの、笑みを浮かべ、精力的に動き回っている。
市の健康診断は完璧だったそうだ!
悪いところが皆無。
しかし、突然オナラが良く出る様になった。
膨満感が有り、おかしいと思い、精密検査をしたら膵臓がんで転移有り、ステージ4、余命6ヶ月と宣告されたそうだ!
私にも連絡を出したそうだが、使ってないメール宛だったから、今日まで知らなかったのだ。
奮発して中トロ、特上寿司を持参したのだが、今は免疫が落ちているので生物は食べられないのだと答えた。
兄は状況をメールで説明したのだから全て了解済みと思って受け答えしていた。
兄の性格は、キチッとしないと嫌な性格だから、今は、片付けとやり残した事を終わらせる努力をしていると言った。
冬物のセーター類は、もう必要ないので処分してしまったそうだ。
他の件では、例えば、事情があり、私の次男の結婚祝いを渡せないでいたから、生きている内に本人の前で手渡したい。
兄はPCの専門家だ。
コンピューターのケアは今後出来ないから、最後の仕事としてお宅に伺うので、どうしたいか決めておいてくれとも言われた。
茨城に住む妹の所に行きたいと言う希望も述べた。
自宅庭はうっそうと木々が茂り始めていた。
兄嫁だけでは今後管理は無理だろうから、薔薇を含め全て切りたいと言い出した。
あんなに丹精込め、立派だった父との合作の庭も、後の事を考え、処分を決断していた。
自宅の補修作業もしなくてはとも語った。
やると決めた後の、スピード感は半端ではない。
これが平川イズム。
笑ってしまうね!
貴方は余命宣告を受けたのですよ!
11月頃にはこの世に居ないのですよ?
この強さは何なんだ!
驚愕した。
上記の文字は、兄の尊厳有る行動によって書く事を許されると判断しました。
私なら悩み、動けなくなるかも知れない。
兄弟ながら兄を誇りに思う。
兄嫁はずっと泣き崩れていたそうだ。
今日は久しぶりに笑ったと言っていた。
我々も兄の為に出来る事を全て手伝う。
先ず、茨城の妹の家へ行こう。
庭木の整理を手伝おう。
兄嫁の精神的ケアのお手伝いをしたい。
兄との年齢差2歳。今起きている事は全て自分にも当てはまる。
改める事は改め、悔いを残さない様に細心の注意を払い毎日を生きたい。
まだ生きている人のプライバシーを書く事はどうか悩んだのですが、人間として立派な兄の姿をお伝えしたく公開に踏み切りました。
兄も4月に自分の病気が分かり、葛藤の末、やっと現在の境地に達したのでしょう。
微動だにしない強さを感じ取りました。
私には到底、出来ないかも知れないが、すこしでも見習い、人生を全うしたい。
拙い文ですが、溢れ出る思いを、人に伝えたいと願っています。日常にある小さな出来事ばかりですが、その視点により皆が幸せになれると嬉しいです。何より読んで欲しいと切望しています。宜しくお願いしますね!