光と影の物語ーバッハのコラールとピアソラのタンゴー 感想編
1.はじめに
1月10日。JMSアステールプラザのオーケストラ等練習場にて、19時から1時間45分ほど行われたコンサートに行ってきた。ヴィオラの赤坂智子とアコーディオンの太田智美、そして、作曲家の細川俊夫、この3人からなるコンサートだった。コンサートは、ヴィオラとアコーディオンのデュオで、題名の通り、バッハとピアソラの曲、そして、細川俊夫の曲が演奏され、観客の心は揺さぶられたようだった。かく言う僕もまた満足を携えて、母と一緒に帰路に着いた。そもそも今回のコンサートに出向いたのは、母が知人から招待券を二枚もらった幸運によるものだった。(しかし、コンサートの招待券というのは、一体、どこからどう流れていくものなのか。)だから、僕は母の運転する車に登場させてもらって、現場に行き、帰路に着いたのだった。僕はこうした幸運を噛みしめた。
能登半島沖の大地震から、羽田空港での航空機衝突事故、新年早々に、大変な事案が発生した日本であるが、僕は、今回のコンサートのおかげもあって、晴れやかな気持ちで新年を迎えることができた。僕には、大災害を支援する、お金もないし、物資もないし、ボランティアに行く専門性も、余裕もないのだから、僕が最低限できるのは、僕の人生や、僕の周りの人たち、そして、彼らとの関係を大切にすることだけだ。テレビやスマホに触れなければ、知ることもなかったであろう災害。これを、自分事として沈鬱そうに思う悩み、振る舞うこともまた、ある種の安気さだと思うし、何か、遠方のものを、自分が良いものだと感じる道具にしていると思う。だから、僕はそんな安気さから抜け出して、自分の人生に向き合いたい。
2.コンサート
コンサートは予定した通りに始まった。まずは、細川さんと赤坂さんが小ステージに立って、場を温めた。僕はヴィオラとアコーディオンのデュオなんて聞いたことはなかった。細川さんの話の通り、ヴィオラはある種オーケストラの中でも、あまり良い扱いを受けていなかったし、アコーディオンは、どちらかと言えば、下町の酒屋やサーカスの小屋で、音を響かせているような印象が強い。そうした、ヴィオラとアコーディオンに、ソリストが出てきている現状とは、また、そうした、2つの楽器が一緒に演奏されるようになった現状とは、新しい時代の到来を示しているようだ。僕の場合、ヴィオラも、アコーディオンも、それ自体、あまり耳にしたことがなかったので、どのようなコンサートになるのか、より楽しみになった。そして、実際に、このコンサートは素晴らしいものだった。
赤坂さんは、今回のコンサートの企画の経緯を語った。2018年頃から、対立するもの同士、矛盾するもの同士は、実は、同じものなのではないか、といった、ぼんやりとした印象を持ち始め、太田さんと2019年にリリースしたCD「キアロスクーロ・陰影」から取って、「光と影の物語」と銘打ったそう。対立的なもの、矛盾的なものは、この時、良いものと悪いものだったり、光と影だったり、政治的な右派や左派だったり、今回の演目に即して言えば、聖と俗だったりが、言及されていた。僕は、とても感受性の豊かで、思想的な鋭さを蓄えた言葉にハッとしながら、赤坂さんの話がどう演奏に繋がっているのか気になった。二人が話を終えてから、バッハの宗教音楽4曲が連続で演奏された。聖のパートに相応しい選曲だった。心が浄化されるような曲たちだった。
宗教音楽。タイトルからしてキリスト教を思わせるような曲で、実際、メロディーはタイトルとマッチしていた。生の重々しさや苦しみがよく表現されており、そこに、生きるものの救いを求める切実さがあり、これは、暗さや闇に対応していた。そして、透明感と温かみに溢れた光、この光が溢れてくる所の神様、救い主であり、贖い主である、イエス=キリストが現れること、彼への信も表現されていた。原罪と救い。これが、光と影の物語を紡ぎ出していた。僕は、こういう、信仰のない僕でも、敬虔な気持ちにさせてくれる清明な音楽を聴いて、良いなと思った。ただし、原罪という言葉だけ置かれると、少し縁遠く感じるのも確かだった。神に対する罪、それは、いつも付き纏う罪として。だが、後の批評で示す通り、日本人に全く馴染みがないものでもない。
それから、細川さんが壇上に立ち、自身の作曲した「時の深みへ」(1996年)を説明し始めた。もともとはチェロとアコーディオンのための曲だったが、赤坂さんと太田さんの師匠筋に当たる人たちのために、ヴィオラとアコーディオンのための曲に編曲したもの。細川さんは音宇宙の形成に陰陽の美学を使っているという。対立的なものが、異なった原理が、互いを補い合い、ハーモニーを生み出す。音が生まれ、交わり、消えていく、その様を、音のランドスケープとして上手くデザインしたみたいだ。中でも、ヴィオラが人、アコーディオンが宇宙という発想は面白い。両者が互いに抱擁しながら、音を生み出していく。さて、細川さんが壇上から退いて、赤坂さんと太田さんが小ステージに出てきた。
前衛音楽。そういう言葉で乱暴に新しく出てきつつある音楽をくくるのはどうかと思うけれど、実に、前衛的、つまり、聴いたことのないような音楽だった。これは、アーティストがアートを作る際に目指す新しさでもあるのだと思う。だから、その点、細川さんは成功したのだと思う。
僕の頭には村の奥の、村の猟師でさえ立ち入るのを憚る、村人たちが立ち入りを禁じている、神様が住まう、聖域としての杜、これを、イメージしながら聴いた。霧が立ち込めて、辺りは暗く、ひんやりとしている。森のざわめき、生き物の気配、池、歩き回っているのに、いや、立ち竦んでいても、深く迷い込んでいくような感覚。おどろおどろしく、戦慄する中に、鋭く立ち現れて、混じり合い、消えていく何かがあるのを知る。そして、何もない間が開かれている。ここに、寒々しさ、閑寂で、恐ろしい感じとして、また、何かが消えた後の余韻として、何かが立ち現れる予兆として、据え置かれた何かとしての間があった。細川さんの生み出したかった音のランドスケープに入り込んで、僕は、ぞわぞわと落ち着かない喜びを感じていた。
細川さんの曲が終わって、今度は、細川さんと太田さんが小ステージに上がった。太田さんの話は、赤坂さんと自分の師匠筋の人の話から、また、アコーディオンという楽器の話にまで渡った。細川さんが話を補足しながら、アコーディオンという楽器についての知識を深めた。やはりもともとはオーケストラに入り込むような楽器ではなかったが、段々と、オーケストラにも顔を出すようになり、太田さんのようなソリスト、それは、高度な演奏の技術を持った奏者が出てきたことによって、音楽の幅が広がりつつあるということだった。確かに、太田さんも、赤坂さんも、ソリストとしての技巧を十分に兼ね備えているようだった。それは、後に確認したことだが、経歴もまた、この二人の技巧の高さを示すものだった。
ピアソラのタンゴ。これが、アンコールを合わせて4曲演奏された。これは、バッハが聖の音楽だったのに対し、俗っぽさ万歳だった。喜怒哀楽がはっきりと表現された、情熱的で、肉感溢れる曲ばかりだったため、会場も、にわかに活気を帯びたような感じがあった。そもそもタンゴが踊り手を必要とするように、タンゴは、リズムが小気味良かったし、演奏自体、誰かが踊っているかのような、ふわんとした感じがあった。つまり、鋭く切り換えしたり、独特の感触でターンしたりするような演奏だった。太田さんのアコーディオンの音が跳ね、分厚い下地を生み出しつつ、踊るようにそそのかす所があり、赤坂さんのヴィオラはいよいよ力強く、ストロークの大きい所は冴えわたっていた。僕と母は、公演の後で、赤坂さんのヴィオラは、情熱的な曲の方が合ってると話したほどだ。
そして、大団円を迎えた。出演者たちによるアフタートークに残った人は会場の3分の1ないし4分の1だったが、僕も残った。色々な質問が飛び交った。その中で、僕も細川さんに質問をさせて頂いた。いよいよ現場にいた人には身バレしてしまうが、あまり僕みたいな小僧に興味はないだろう?
質問について一点目。アコーディオンについての質問。バンドネオンとは兄弟・姉妹のような関係らしい。アコーディオンは肩から背負っている。そして、通常は、右手側が鍵盤、左手側がボタン式になっていて、左手を外側に轢いたり、内側に推し込んだりすることで、空気をふいごのように送り出し、音を出す楽器である。しかし、バンドネオンは手で持つだけだ。両手どちらともに、ボタン式で、両手で蛇腹を引いたり、推し込んだりして、空気を送り出して、音を出す楽器だそうだ。バンドネオンは音の場所がバラバラで、しかも、空気を押し込む時と空気を引き込む時とでは、鳴る音が違う悪魔の楽器らしい。アコーディオンはちゃんと半音ずつ上がるようになっているらしい。そして、和音をぽちっと押すだけで鳴らせる。両者に共通するのは、片手側ずつ音の強弱を付けられないことなど、色々とある。
アコーディオンは、太田さんの使っているものは、1990年代のもので、ドイツ製、そして、右手側もボタン式になっている。昨今では、イタリア製が多く製造されているらしい。アコーディオンの産地なんて気にしたこともなかった。しかし、アコーディオンは大きかったし、重たそうだったし、演奏が大変そうだった。実際、太田さんは演奏で疲れている様子だった。バンドネオンは、新しく製造されてもいるらしいが、年代物が好まれる傾向にあるとか。やはり独特の音色が、特定の時代や工房などで作られた、どこそこのあれじゃないと、みたいなことがあるらしい。バンドネオンに限らず、年代物の楽器を扱うのには神経を使いそうだ。演奏する際にも、また、所持している間ずっと保全が必要で、メンテナンスが欠かせない。何かが壊れてしまえば、特注する必要もあれば、修理する職人の腕も欠かせない。
質問について二点目。細川さんの作曲についての質問。細川さんの「時の深みへ」は、明らかに、能楽を研究した曲だった。だから、日本の文化や伝統から曲のインスピレーションを受けることがあるのか問うた。細川さんの答えは、確かに、日本の文化や伝統、もちろん、伝統的な音楽を研究してきたし、それを、作曲に生かしているとのことだった。それは、ドイツに留学した際、師匠筋の人たちから、自国の文化や伝統を振り返って、それを、音楽的に深めなさいと、助言されたからだった。音楽の界隈でも、ヨーロッパ中心主義からの脱却が提唱されていて、各地域の伝統・文化に根付いた音楽が考究されているとか。細川さんは、日本の文化や伝統がヨーロッパのそれに劣らず、素晴らしいと言った。確かに、「時の深みへ」は、間の置き方が秀逸だったし、松尾芭蕉の俳句を思わせる、現れては、交わり、消えていく音があった。素晴らしい反映だと思った。
僕は、哲学が好きだ。哲学の界隈でも、また、ヨーロッパ中心主義を脱却することが提唱されている。ヨーロッパ内にあっても、中世哲学を見直す潮流があり、また、イスラーム哲学、また、アフリカ哲学など、今まであまり哲学の領域で顧みられてこなかった領野が、注目されてきている。この、日本なるもの、これ自体が一つの問いではあるのだが、この、日本の文化や伝統を、哲学的な関心の下に掘り下げてこれているかは疑問である。日本では、国文学や民俗学、禅に足を置いた近代思想や哲学があるが、もっと、中世や古代に手を伸ばしていく取り組みが必要だ。例えば、古代日本社会における、ケとケガレの観念についての研究は興味深い。これは、知の考古学とノマドロジーを横超する所の研究となる。つまり、非定住(遊牧)社会から、半定住(半遊牧)社会、定住(非遊牧)社会への、遷移と経験の移行とを研究するのに使える。
3.終わりに
コンサートはとても良かった。良かったが、作品のタイトルとその曲とが頭の中で一致せず、どうしても滑り続けたのは、僕がクラシックに馴染みがないからだった。というか、アフタートークにて、質問者が、とてもマニアックな質問をしていて、クラシックや音楽に、こんなにも興味があって、造詣の深い人がいるのだなと、驚いた。情熱と言えば、奏者たちの情熱もそうだったし、音楽監督にしてもそうだった。赤坂さんと太田さんの演奏は、技巧を凝らし、また、ある情感を称えていたし、かつ、物語が展開するのを、感動を伴って、立ち会うことができた。前段のトークでは、細川さんの作曲家としての、音楽家としての情熱や知識が、詰まっていた。会場に集まった観客も、スタッフや関係者も、皆、音楽に向かい、この、コンサートを成功させるよう、楽しめるように、コンサートに望んでいた。
僕は、この、コンサートに臨んでいる人々や場が好きだと感じた。そして、僕自身もまた、何かの情熱や喜びを見つけて、自分の身や時間を傾けられる何かを見つけられたら、どれほど良いかと思った。僕は、今、小説を書き、批評を書き、詩を書き、こうして、感想文を書いている。また、最近、エレキギターを始め、熱心に、哲学や小説を読むことを再開した。僕は、これらが、一体、何になるとも知らずに、熱い沸騰もないままに、淡々と、粛々と日々の糧として継続している。それで、生活の方は、フリーターと言う都合の良い身分で誤魔化して、家人の養う所となっている。ある寄生虫がここにいる訳だが、これが、一本曲げない所を持っているというのも面白いと思う。だから、とりあえずの進展として、この、コンサートの思想編も書こうと思う。誰も読んでくれないだろうがね。