2024年5月30日(木) つらい時に見てくれた人のことは忘れない
昨日は、来月の講演の原稿を書いていました。まだまだできあがらないけど、少しだけ、話すべきことが見えてきました。余計なことを考えずに、目の前の、やるべきことをやることの、幸せを感じていました。
ところで、これは先日の、小池昌代さんとの対談の時にも話したことなんですが、ぼくにとって小池さんというのは、特別な思いがあるんです。
ぼくは若い頃に詩を書いていて、三十代の後半から詩から遠ざかりました。それで、五十歳くらいまで、詩の世界とはまったく関係のないところで生きていたんです。
ですから、歳をとって久しぶりに『きみがわらっている』(ミッドナイト・プレス)という詩集を出したときには、反響はほとんどなかったんです。
もともとそうなるだろうなと思っていましたし、別にそれでもよかったんです。
出したことで満足だったし、いかにもぼくらしいこの詩集と、仲良く生きていこうと思っていました。
それが、ある日、知らない人から手紙をいただいたんです。ぼくのその詩集のことを言及してくれていました。一冊購入したいと書いてありました。
すごく嬉しかった。
なんでぼくのことなんか知っているのだろうと思ったら、「小池昌代さんの教室で、松下さんの詩集が紹介されて、この詩集のことを知りました」って書いてあったんです。
それがすごくうれしくて、そのまま家から飛び出すようにして散歩に行ったんです。泣きそうになっていたんです。
読んでくれる人がいたんだ、と思いました。
その時のことを思い出すんです。その時の、空気の爽やかさを思い出すんです。
生きていると、たまに、思いもよらないところから、そっと背中を押してくれるようなことがあるんだなと、思いました。
ぼくは詩から逃げた人間なので、逃げた人には、たいていの人は目を向けないんです。
でも、小池さんはぼくのことを忘れないでいてくれたんだ、こんなにささやかな詩集を教室で紹介してくれたんだ、と思って感激したことを思い出すんです。
自分がつらい時期に、ひそやかに生きてゆこうと決めたときに、どこからか、そっと見つめてくれていた人のことは、生涯忘れないんです。