気になる台詞に思いを馳せて 中国映画「無名」
中国映画「無名」(英題: Hidden Blade)
監督 程耳 Chen Er
公開年 2023年 日本公開2024年5月
映画の備忘録として、自分用にnoteに書いておくことにした。映画を未見の方にはネタバレあります。くれぐれも閲覧ご注意ください。
映画のクライマックス。王一博演じる葉先生(Mr. Ye)と、森博之演じる特務機関の責任者、渡部(わたべ)との会話は日本語で行われる。純中国国産映画であるにも関わらず、映画全体の鍵となるクライマックスでの会話は、純然たる日本語なのだ。気にならないわけがない。
細かい覚え違いはあるかもしれない。が、会話はほぼ、このようなやり取りだった。カメラの捉えるぼやけた背景と、影の中に浮かび上がる瞳がひときわ匂い立つ。残酷で美しい、作品中でも屈指の名シーン。
なぜこの重要な場面で、本国の観客には完全に外国語である日本語の台詞を使ったのか。中国語翻訳字幕で足りるのか?いったいどういうことだこれは。気になって仕方がない。ここで日本語の会話が使われるから、その後の展開でカタルシスを感じるのだろうか??
もう一つ、気になった会話がある。葉先生と婚約者の会話。日本語字幕で見ても葉先生の苦悩がいまいち了解しきれず、もやっとする。もう何度目か、映画館に足を運び、繰り返しこの作品を見た自分には彼らの会話がこう聞こえた。私の中国語力はゼロに等しいので、本当にこう言っているのか自信はない。中国人の友人に、婚約者の台詞を確認していただきました!自分の想像していた単語「換人」とは全く違う単語だったので訂正。2024/5/24
手切れを切り出す婚約者。「よく話し合おう」いう葉に対し、婚約者の方(ファン)の返事は、日本語訳字幕では「あなたは死ぬのよ」であった。
もし換人という言葉なら、訳出してしまえば即ネタバレ直行。素直には訳せないだろうし、ただぼんやりと「あなた」になった意図もわからないでもない。
快点去死了吧。さっさと死ねとは、、なんとキツイことを。死ぬのよどころの生ぬるさではない。
方(ファン)は、葉先生の素敵な出で立ちを眺めまわして嫌味を言い、重ねて嫌味をぶつけた挙げ句に、相手を打ち砕く言葉を頭の中で探し、そうよこれよとばかりに葉にこの台詞を吐いて出ていく。これはないですよね、監督。これ、何の伏線? 共産党礼賛をこの辺で前面に出しておきたかったとか?それとも中国ではみんな普通に、キレるとこれくらいキツイんですかね…
共産党からの転向者を示す単語がこの二人の会話で使われたのでは、という自分の見立ては全くの誤認だった。
それにしても、ここでの婚約者、方(ファン)の嫌悪感は、自分の理解の範囲を越える。あなたを見るだけで虫唾がはしると言わんばかりだった。やはりこの場面は日本に対する敵意をむき出しに示したかったのだろう、と考えるのが一番自然かもしれない。日本人の観客としてはさらりとやり過ごすこともできない。
程耳監督の短編小説「東亜往事」は、映画「無名」の葉と方のモデルと言われている男女の話。読めるところだけ読んでみた。この二人は日本で出会っている。男は留学生なのか、法政大学に通い喫茶店で北一輝や石原莞爾の文章を読んだりするが賛同はしない。もしこの男が葉なら、石原派を自認する渡部が、彼を見込んで可愛がるのも納得だ。渡部に本心を見せずに信頼を得られるだろう。
女は、大陸から流れてきた清朝遺民の両親を持つ東京生まれの東京育ち。原敬と幣原喜重郎の政権時代に日本で育っている。(幣原は代理政権)
男と出会った後、家族と男と一緒に彼女の母の故郷に近い上海に渡る。婚約するも中国大陸に侵略してきた日本に直面し、彼女は俄然、抗日一辺倒になり日本語能力を駆使して日本兵を殺し始める。男はそれを止められずにいる。監視しているのか見守っているのか不明な男に対し、女は「快一点去死(早く死ね)」と言っている。そうだったのか。監督、気になる台詞の謎が解けました。共産党とは全く関係なかった。
日本兵殺傷も、男への侮辱の言葉も、女本人は明確な自覚を持たないある種の感情に支配されているらしく「自分が強くなったような」気がしている、と書かれている。
「無名」ではすでに南京国民政府と重慶国民政府の時代に移っているが、「東亜往時」はその前の時代背景も持っている。清国遺民をアジア主義に取り込もうとする黒龍会、孫文、広東国民政府。短い文章だが東アジアの近代史を勉強するには格好の教材だと気づいた。
簡体字が読みにくいけれど、明治維新後の日清、日露、日中戦争の時代を考えれば人物名称はすぐにあたりをつけられる。
(2024/6/14 追記終わり)
彼我の違いを感じるのは、自分にとってこの映画の魅力の一つ。「無名」の舞台、特務機関ジェスフィールド76号の関連本を読み、実際にたくさんのすれ違い、思惑違いが起きていたことを知った。
(参考書:上海テロ工作76号 国会図書館デジタルコレクションにて閲覧可能。実際に特務に関わった晴気慶胤が戦後に書き残した手記。名文。)
著者は、数多の歴史の大動乱をくぐり抜けてきた大陸の人たちが身に着けている知恵と対比して、日本人の甘さというか、容易に人を信じてしまうことを指摘している。中国人の友人は、渡部が葉に地図を見せるのは信じられないと言う。
それでも、理解しあえる、どうにかできる、そう思って生きようとするのもまた人間だと思う。単に自分は辛酸をなめていない部類の人間なだけかもしれないが。人の数だけ願いがあり思惑がある。歴史も文化も違う同じ人間。一筋縄ではいかない人間という存在をしみじみ思う。
人間同士の殺し合いを正当化する戦争は、人間性を自ら剥ぎ取る行為だ。その辛さを身に帯びなければ生きられない時代に、今も私たちはいる。狂気の20世紀を越えた今も。何とかして抜け出したい。平和に暮らしたい。
そんな平凡な願いがかなわなかった時代への挽歌。
程耳監督はこの映画を、あの時代への挽歌だと言っている。だがそれだけではないだろう。それを繰り返しかねない今の時代への警鐘。監督の前作、ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海から続く警鐘。そんなことを思う。前作の浅野忠信とチャン・ツィイーの関係は、自分には当時の日中関係の暗喩としか思えない。
(2024/5/24)せっかく訂正追記中なので、もうあと二つ、気になる点を追加しておきたい。
一つは、この作品が共産党勝利三部作の一つと位置付けられていたにも関わらず、渡部という日本人をとても丁寧に造形している点。渡部は、饒舌に彼の理想と心情を日本語で話し続ける。彼の立場からして当然中国語を話せるはずだが、この作品は徹底的に日本語の台詞のみを使い、理想に燃えた一個人としての彼を描く。
人物へ注がれる眼差しと描き方は、ほかの主要人物たちに対しても同じだ。中国側の登場人物たちは、皆かなり寡黙であるにしても。日中戦争と各派の悲惨な闘争を描いているわりに、何度見ても、少なくとも自分には、この作品がプロパガンダ映画に見えないのはここに理由があると思っている。
二つ目は、上海出身で香港に移住した写真家・映画監督の何藩(ファン・ホー / Fan Ho)の作品をその美しい画面構成そのままに徹底して映画で再現していることだ。彼の移住年は1949年、民国年代で言えば民国38年。上海から大勢の人が香港に移住したという。先日銀座で作品展を見てきた。何藩の写真が素晴らしいのは確か。でも果たしてここまでこだわって映画に再現を試みるだろうか?
本編ラストの香港。トニー・レオン演じる何主任が、上海で通った菓子店を見つけて思わず足を止めるシーン。菓子を眺め店主と目が合い、トニーはごく微妙な笑みを一瞬浮かべる。あれは互いをねぎらいあっただけなのだろうか。何かもっと微妙な理由がひっそりとあってもおかしくないな、などとつい思ってしまう。なぜラストは香港なのか。なぜ彼の名前は「何」なのか。
自分にとっていい映画とは、人を偏りなく見つめ、観る者にいろいろな思いを呼び起こす作品。日本人としては見るのが辛い作品であるにも関わらず、それでもこの作品はいい映画だなと思うのは、人を見つめるまなざしがあるから。ここに描かれているのは党でも軍でも政府でもなく、人間だからだ。
というわけで、なんだかんだいいつつも、久々にいい映画を映画館のスクリーンで見ることができたな、というのが今の結論と感想である。
蛇足になるが、渡部を演じた森博之さんのインタビュー記事を面白く読んだ。渡部が刀を前に端坐するシーンは切腹を前提にしているらしい。前に置かれた刀は長刀だった。切腹は短刀で行うものだから(でないと自分で刀を扱えない)本気というよりは覚悟を自分に問う沈思黙考の場面だろう。葉に折りたたみナイフで腹を斬られた渡部の最後は、思わぬ形での切腹を遂げたとも言える。
映画にはたびたび座敷と芸者が登場する。その裾捌きの雑さはどうしても気になった。他が美しく整えられているだけに、雑な衣擦れの音と剥き出しの足が目立つのだ。着物に慣れていない人はすり足もしないので、誰でもああなってしまう。日本から芸者を呼ぶわけにもいかないだろうし仕方のないことではある。
森博之さんのインタビュー記事はこちら
https://natalie.mu/eiga/column/575495