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自分の気持ちをジャーナリングで見つめていく ダークな本音が垣間見える今日 INFJの境界線
待ち時間にスタバ。
マグカップなみなみのドリップコーヒーとシュガードーナツをお供にジャーナリング。
今日の万年筆はパイロットのプレラ。カートリッジのブルーブラックインクでノートに綴っていく。
今日すべきこと、今週すべきこと、今後の予想と気になることやるべきこと。義実家の片付け、会社の事務所の建て替えについて。いろんな予想。予想Aの場合は義実家を事務所に、予想Bの場合は義実家に引っ越して今の家を事務所に、いずれ今の家を貸すことになるか、など。住むには、あまり義実家の間取り好きじゃないなどと本音がちらりと出たり。
ここまで書いたら、あとは自分のしたいこと、本音がノートに書き出され始める。
やらねばならぬことという建前から、私はどうしたいかの本音へ。
私が病院の仕事の日、今まで子どもは学校帰りは義実家に行き、そこから習い事に出発していた。義母が亡くなって、今後どうするか。
夫は今まで通り義姉に見てもらおうと思っているようだ。毎月その分のお金も少しだけどお渡ししている。ただし、今後は義実家ではなく我が家に来てもらおうとしてる、みたい。
私は、どうしたい? 私は、自分がいないときに家に人に入ってもらいたくない。ストレスを感じる。子どもが家に帰るのが16時くらい、習い事への出発が17時15分、この1時間ちょっとのためにわざわざ来てもらうのも心苦しいし、それにお金をお渡ししていることも、なんだかうまく言えないけどお金払ってるんだからいいでしょう、はちょっと傲慢に感じてこれも心苦しい。三男の成長を鑑みても、もう良くない?なんて思ってる。
これを機にやめてもいいんじゃない?
夫が義姉に毎月少しずつ援助する分には自由にしてくれていいけど、それを私の仕事の日の預かりと組み合わせる必要はないよね。なんだったら、どうしてもと言うなら会社からの給与を増やすとか、充分なお金で株を買い取って援助にしてもいいわけだし。株が分散すると今後ややこしくなっていくのは確実だから集束させるべきだし。たまにお願いするのはしょうがなくとも、もう毎週はいらないよ。
夫は当てにならない。他の曜日は15時に帰って来たりしてるのに。なんだかんだ言い訳して来そう。一応怒りの気持ちは表に出さずに頼んでみてもいいけど、夫の助けなしにうまく回る仕組みを構築する方が私のストレスがない。上の子も帰ってくる時間だしなんとかなるでしょ。
ランドセルに鍵を入れている。電子錠なので勝手に鍵があく。帰ってくるのはOK。習い事に出発するときが問題。ランドセルから取り出して持っていくのは戻すの忘れる可能性がある。新たに鍵を買い足して、習い事専用のバッグをひとつ作った方がいい。
習い事先にバッグを忘れてくるのが心配だけど、まぁ基本的にお迎えには行くからいいか。必ず、バッグ忘れてない?と確認したらいい。
子どもと流れを練習しよう。そして、いざというときは、ご近所のママ友に助けを求めることにしよう。いつでも預かるって言ってくれてたけど申し訳ないから頼んだことはない。もしかしたらピンポンって助けを求めに行くことがあるかも、と頼もうと思う。ママ友はすごく信頼できる人。きちんとした人。あれ? 私このママ友に家に入られるのは全然構わないな。ということは……。ああ、なるほど……。
私に友人が極々少ない理由が垣間見える。私の中に厳しい選抜試験が繰り広げられてしまってるんだわ。もちろん表面上は普通に当たり障りなく感じよく接しているけれど、心の中には何重にも境界線を設けていて、中に入れる人は選ばれし人。家の中に入れてもいい人と、この選ばれし人は一致している。これ、親族や両親、実妹に対してもそれぞれあるんだわ。そのうち子どもたちが自立したらそこにもできてくるかもしれない。うわ、客観的に見たら、怖いわね。自分自身の心象風景は、めったに懐かない猫。INFJらしく、ずっと人のことを観察してきたせいで、見えてしまうからしょうがないんだわ……。
自分の心の深淵を覗いてしまうのは、恐ろしいものもあることだね。