献血ルームの医師バイト 小事件
もう20年以上前の話だけど。
献血ルームのバイトに何度か行った。今の研修医制度が始まる前で、土日の献血ルームのバイトは研修医が皆で回して行ってた記憶がある。基本的に健康な人が来るところで、医師は念のために配置されてるようなものだから、経験の浅い研修医でもいいとなっていたんだろう。
ごくたまに、採血中に迷走神経反射で血圧が低下して気分が悪くなる人がいるけれど、慣れてるベテラン看護師さんが指示・対処してくれる。
病院とは違ってのんびりとした平穏な仕事だった。私は問診票のチェックと問診と血圧を測る係。血圧計はもちろん自動だし、大体は常連さんがやってくるし、自動販売機のジュースはいくらでも飲んでくれていいと言ってもらえるし、17時にきっちり終わって帰られるし、楽しかった。夕方、もう誰も来ないだろうという時間に、先生も献血しませんか?と聞かれて、久しぶりにしよっかなって献血したこともある。
あるとき、問診票の『6ヶ月以内に不特定の異性または新たな異性との性的接触があった』に、はいのチェックをした若い男性が来た。
以下に該当する人は献血をご遠慮くださいに、ばっちり当てはまる人だ。ちょっとマイルドヤンキー感。辺りに緊張感が走る。正直者なのはいいんだけどなんで来たんだ?
『せっかく来てくれたんですけれど、ここに、はいのある方は献血してもらえないんですよ』と説明を始める。ウィルスの感染初期は検査しても検出できないことがあるから6ヶ月は空けないといけないと決まってる。
ちょっとムキになった様子の彼は語り出した。
自分は今までやんちゃしてきた。不特定多数の女性と関係を持ってきたし、他にも悪さしてきた。
でも、これからは生まれ変わろうと決意した。もうそんなことはしていない。つい先日保健所でエイズの検査もして、陰性だった。
その生まれ変わりの第一歩として、きちんとした人でないとできない献血をしたい。その気持ちを尊重してほしい。
まあ、ざっくりとこんな感じだったか。なんというカミングアウト。私は何を聞かされてるのか。正直すぎるだろ。それにしても、献血=きちんとした人の証明になっているのか。ううむ、せっかく更生(?)しようとしてるのに水を差すのもなぁ。しかしルールはルールだ。彼のプライドを傷つけずにどう決着させるか。看護師さんがハラハラしながらこっち見てる。
そうなんですね。それは素晴らしい決意だと思います。保健所で検査もされてるのもちゃんとしてて良いと思いますし、きっと献血しても大丈夫な血液だと思います。でも献血用の血液に関してはかなり厳しい基準になっていて、ウィルスが確実に検出できるように余裕を持たせて6ヶ月空けると決められてるんです。
問診票に正直に書いてくださってありがとうございます。せっかく来てもらって申し訳ないんですが、ルール上やはり今日は献血できないんです。若い方が献血に来てくれるのは大変ありがたいことなので、これに懲りずに6ヶ月を過ぎたらもう一度来ていただけないですか? ごめんなさい。どうぞよろしくお願いします。
こんな感じで説明したかと思う。看護師さんが、せっかく来てくれたんだからジュース飲んで行って、と声をかけてくれてた。彼はちょっと恥ずかしそうに、わかりました、また来ますと言って去って行った。
その後、また来てくれたかどうかは知らない。今でも常連さんとして通ってくれてたらいいのになとは思ってる。
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