35番① 人はいさ心も知らず 紀貫之
花山周子記
人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける 紀貫之
〔所載歌集『古今集』春上(42)〕
ついに紀貫之。
わたしは在原業平が好きで貫之はというとそれほどでもないように自分で考えていた。貫之はどこか退屈だと、そう思ってきたし、それは近代以降、おおむね一般に共有されているイメージではないかと思う。
という具合で、他の鑑賞に目を通していても、歌の鑑賞というよりも貫之の功績ーー『古今集』撰者の一人であり、仮名序を執筆し、『土佐日記』によって仮名文学の先駆的な役割を果たしたーーということをつらつら紹介する熱のないものがほとんどである。
翻って、在原業平となると、みな情熱的な書きぶりで、貫之が「仮名序」のなかで、業平を、
と評しているのを引いてきては「さすが貫之、的確な評である」と感嘆するところは、「心余りて、詞たらず」をこそ愛してやまない風情である。あるいはこれは白洲正子が言うところの貫之の「長所は、どこから見ても欠点のないことで、同時にそれが短所でもあった」というのとちょうど対照的であり、そういう完璧な貫之よりも「心余りて、詞たらず」のほうに人は惹かれているというのはなんだか皮肉な話でもある。
さて、貫之の歌といえば、子規が「駄洒落にて候」と言っていた、
桜散る木の下風は寒からで空に知られぬ雪ぞふりける
や、『古今集』二首目に置かれる、
袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つ今日の風や解くらむ
が知られていて、今日の一首は前回の紀友則の歌と同じく定家が見出したものとされている。定家は貫之の歌について、
と書いていて、これもある意味、近代以降の評価と重なるようにも見える。今日の一首に関しては、そういう貫之の歌の中では「余情妖艶」であったので、定家が敢えてこれを選んだのだろうと言われている。
つづく