見出し画像

ドキドキ心電図

 健康診断で心電図を測るたびに思い出すことがある。
 自分が「小心者」なんだと自覚した出来事だ。

 小学校に勤務し始めた頃の話だ。
 今から40年以上も前のことである。
 当時、健康診断を学校内でやっていた。児童の内科検診の日に校医さんが教職員もついでに見てあげようという程度の簡単なものだった。

 ただ、一つ特別だったのは、「心電図」測定があったことだろうか。

 その日、何をもたもたしていたのか、私は、受診が遅くなり男性の最後になった。
 子どもが疲れたり、サボったり? するときに使う保健室のベッドが、心電図の「会場」になっていた。
 カーテンだけで区切られている簡素なスペースに入り、片目のベッドに横たわる。
 この日のために来ていただいている若い技師のお兄さんが、私の体に「仮面ライダー」誕生の時のような電極をつけてくれた。

「はい、じゃあ、測定します」

 その時だ。
 保健室の扉がガラガラと開く音がした。同時にドヤドヤと複数の女性の教員のざわめきが耳に入る。
 その方々は、私が心電図の測定でまだ保健室に残っていることを理解していなかったようだ。

「えっ、ブラジャーもとるん?」
  声の主は「美人先生」で通っている方だった。

「あれ、どうしたんだろう」
技師の方がちょっと困っている様子だ。
「もういっぺん、とりなおしますね」
 私は、「???」だったが、すぐにわかった。
 若くてうぶな私は、その「ブラジャー」とか「取る」という言葉に体が反応したらしい。正常な測定データが出なかったらしいのだ。
 なんと、そこから2回測定し直し、3回目にやっと「終了」となった。

「あっ、○○先生、まだいはったんやあ。ごめーーん」
「あの、心臓に悪い発言は控えてくださいね。心拍数上がりましたわ」
と笑って保健室を後にした次第である。

 振り返って思う。
 元々、自分は、小心者でとても緊張しやすいタイプだった。対人恐怖症とまでは言わないが、「この子は引っ込み思案で……」とか、よく母に言われていたことも覚えている。
 幼少期に吃音を持っていたことも影響していたのかもしれない。

 ただ、同時に自己顕示が人一倍旺盛だった。
 「緊張しいの目立ちたがり」
 これが私だった。
 気は小さいのに、注目を浴びるところへ自ら飛び込んでいっていたように思う。
 その度に心臓がバクバクするのを覚えながら、心拍数と同じように経験値も上がっていった。いつしか気持ちの上ではそんなに緊張することは少なくなってきたように思う。
 教壇に立つようになってからは、それこそ人前で喋るのが生業になり、自分に視線が集まることが快感へ変わっていった。多くの同僚が嫌がる授業参観や懇談会も大好きだった。さらに研究授業や発表会なども「じゃあ、ぼく、やります」と手を挙げた。
 職員団体の役員もやっていたので何百人単位の集会で前に立つことさえなんとも思わないくらいになっていた。

 しかし、自分はわかっていた。
 気持ちは楽しくて、緊張どころかその場をどう盛り上げてやろうかとか考えているくらいなのに、ドキドキは止まらず心拍数は上がっていたことを……。
 そう、体は反応しているのだ。心臓だけでなく、腹まで痛い時もあった。
「こんなに、楽しいはずなのに、なんでやろ」
そんな風に何度も思うこともしばしばだった。
 もし、こんな時に心電図を測定していたらとんでもない数値が出ていたことだろう。

「三つ子の魂百まで」なんていうことわざもあるが、本当にそうなのかもしれない。

 さすがに、「ブラジャー」くらいでは心拍数は上がらなくなったが……。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?