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「疑惑のふたり」

「いやあ、この2人やったら鍋でも気ぃ使わんで済むからええわ」
と2人忘年会で私はつぶやいた。
鍋を囲むというのは、箸の使い方など、以前にもまして気を使わなければならない時代だ。

長い付き合いの友人と2人でゴルフに行った。
お互い都合がよかったので、久々に19番ホール(ゴルフ後の宴会)に行こうという話になった。
私の家に車を置いて近くの駅まで歩き、評判の「モツ鍋」の店に入った。
ちょっと贅沢に、国産の上もつ鍋にプレミアムの飲み放題をつけた。
店員さんも愛想よく、1杯目のビールが喉を潤す。


モツ鍋がグツグツ美味しそうな音でアピールしてきた。
なんの躊躇もなく、自分の箸を突っ込んで大きなキャベツと上モツを取ろうとしたときに、冒頭のつぶやきとなった次第だ。


「ほんまやなあ。今、鍋ってむずかしいらしいなあ」
と友人は答えた後、
「あっ、思い出した。今から思たら、あの時の『きりたんぽ鍋』はようあんなことさせられたもんやったなあ」
と続けたのである。
私の頭の中の古いハードディスクがぐるぐる回った。
「あの時のきりたんぽ鍋?」
「チーン」
すぐに場面を共有することができた。

 

 この友人とは、同じ小学校で働く同僚であった。お互い新卒時代からの付き合いなのでかれこれ40年を超えている。
 似たような時期に結婚し、子どもに恵まれ、家族ぐるみで旅行に行ったりしつつ、付き合いが続いている。もう1人の元同僚とで「男3人悪巧みの会」なるものも結成して、年に1、2度、「愉快な」「お江戸の」(統合するらしい)リーズナブルな温泉旅行に出かけたり、季節ごとに飲み会を企画したりしている。
 退職前のセミナーで、仕事を辞めた後で鬱にならないようにという話を講演者から聞いた。
 「友達いますか? 趣味は持っていますか?」
 自分は全くもって心配ないと思った。友達は「親友」レベルからお付き合い程度の方々まで結構いるし、趣味というか、退職後に自由な時間が増えたらやりたいことは山ほどあったからだ。
「初めの1ヶ月くらいはええけど、することなくなってきたら退屈で死にそうになるで」
とか、ひと足さきにリタイアされた先輩からご忠告をいただいたりもしたが、それも心配ご無用。私は、「ぼうーっとする時間」も大好きなのである。というか、そんな時間こそ、「至福のひととき」とさえ思っているからだ。


脱線してしまった。
この長い付き合いのリタイヤ友人の言った「あの時のきりたんぽ鍋」とは……。

それは、遡ること25年前の話になる。
リフレッシュ休暇なるものが取れるようになった。
40歳になる年に休暇がもらえる制度である。元々、年休すら滅多に取ることができない仕事だった。しかし、この休暇は使うことを推奨されたこともあり、思い切って取ることにしたのだ。
「先生、明日からリフレッシュしてくるわなあ」
と子どもたちに告げて教室を後にするのは、ちょっと心苦しい面もあったが、子どもたちも「いってらっしゃああい。お土産楽しみにしてまあああす」
なんて、呑気でのどかな時代だったか。(そうでもなかったけど)

 友人が大手旅行会社のパッケージツアーで見つけてくれたのは、本当に信じられないくらいのいいプランだった。
 東北旅行で魅力的な企画が盛りだくさん。
 今、思い出すだけでも
  ①かまくらの中でのきりたんぽ鍋
  ②ねぶた会館でねぶた体験
  ③三内丸山遺跡見学
  ④太宰治「斜陽館」見学
  ⑤ストーブ列車に乗って一杯
  ⑥竜飛岬に階段国道      and more
 2泊3日でよく行けたものだ。

彼の言う「よう、あんなことさせよったわ」という「①きりたんぽ鍋」とは、今では絶対あり得ない企画だと思う。

 このツアーの参加者は、当初4人しかいなかった。(途中から高齢者の大きな団体が合流した)
 私たち男2人と、OL風の美しい女性2人。
「かまくら」にその4人が案内され、
「こちらになります」
というのだ。
「えっ、ここで食べるんですか?」
「はい、そうです」
(ありえなあああい!)
と心の中でだけ叫んだ。
 見ず知らずの会ったばかりの4人で「かまくら」(雪で作ったドーム型のもの)に入り、きりたんぽ鍋を一緒に囲むってある?
普通、2人ずつのセットを2組用意するやろ。お見合いパーティちゃうで。

 しかし、素直な私たちは、従うしかなかった。小さな入り口から体をかがめて雪の密室に入ったのである。
 私たち男2人は、職業柄対人スキルは一定のレベルを持っている。ギクシャクしながらも対面のおふたりに警戒されないように話しかけ、かまくら内は、和やかなムードに包まれた。もちろん、箸の使い方には万全の注意を払って……。
 私は、調子に乗って自分の家庭の話をした。この発言に対して「なんで、あんなこと言うん。あれはあかんわ」と同行していた友人に後で叱られたことも覚えている。「既婚者であること」は言ってはいけなかったらしい。下心満載の友人であったのだ。疑惑の目を向けられていたことも知らずに……。
 ちなみに、この旅は、このおふたりと終始行動を共にすることになり、どんどん打ち解けて行った。最後はお互いの連絡先まで交換して名残を惜しんだ。(しかし、その後、連絡を取り合うことは1度も無かった)


「いやあ、ほんまになあ。ようあんなことさせよったなあ」
「しかし、あの旅は良かったなあ。盛りだくさんでようあれだけ回れたなあ。そういえば、ついこの間、『ストーブ列車』が始まったっていうニュースやってたで。やっぱり日本酒にストーブで炙ったするめでポカポカしてはったわ」
 酒も進んで、思い出話に花が咲く。


 そして、この旅の話は、今まで何度もしてきたが、思い出すたびに2人して笑ってしまうエピソードがある。というか、誰に話しても「ウケる」鉄板ネタなのだ。

 それは、
 旅がいよいよ最終盤になり、3日間一緒に行動を共にしたことで随分親しくなっていたガイドさんが、こんなことを言った。

「あの、今だから言えますけど、おふたり(私と友人)のこと、初めは、『そういう関係』の『おふたり❤️』だと思ってました。平日に男2人で旅行されるというケースが珍しかったので。でも、片方の方が別の女性と話していても、もう片方の方がヤキモチ妬いている様子がなかったので、『ああ、違うんだあ』とわかったんです」

 まもなく、青森空港に到着してお別れという時に、私たち2人は腹を抱えて笑った。そんな風に思われていたとは……。
 LGBTQとか、多様性とか共生とか、当たり前のように語られるようなるのは、もっと時代が進んでからのことである。
 
 でも、言われてみればと思う。
 この友人、確かに「つぶらな瞳」でかわいい顔をしているのだ。きっと女性側として見られていたのだろう。もう、笑うしかない。


「疑惑のふたり」はこの日も美味しいモツ鍋に舌鼓を打ち、「久しぶりに飲み過ぎたなあ。やっぱり飲み放題はあかんわ」でお開きとなったのである。

 つぶらな瞳はすっかり「すわって」、閉店ガラガラ間近だった。

 

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