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「囀る鳥は羽ばたかない」二次創作 ③

保下風香さんの素敵なイラスト
(南国のバカンスBARの矢代さんと百目鬼)と
なつさんの素敵なイラスト
(サングラスをかけた矢代さんと百目鬼)
から妄想を膨らませて作りました
(お二人にはご了承頂いております)
(注:イラスト名は私が勝手に呼んでるだけです)

南国のバカンス③(バーにて)最終話

        __________________

シャツのボタンを外し
貴方から剥ぎ取ったシャツを投げすてる
強く手首を掴み、首筋にキス
強く、強く、跡が残る程…
もがく様に身体を捩(よじ)る貴方
「どうめ…き」
「いっ…」

心に蟠(わだかま)りが有るせいか
俺の動きは荒い

貴方が痛がるのも構わずキスを続ける
首筋から胸…腹、そして腕、手首…足の先まで
あらゆるところに痕をつけていく

『俺のものだ』

手首から手へ
指を絡め、握り締める

喘ぐ貴方の口を塞ぎ
舌を深く差し込んでいく

『誰にも渡さない』

劣情が俺を支配する

シーツを掴み
必死に堪(こら)える貴方の足を開き、
自分の欲情を容赦なく向ける

『そうじゃない』

貴方のせいでは無い…
貴方は…

分かっている
俺の独りよがりな嫉妬だと

だが
身体の奥から燃え滾(たぎ)る感情は、
グズグズと燻(くすぶ)り、膨れ上がり、
何処へも逃げ場を無くし、持て余す

俺はそれを貴方に対して向けてしまった…

      ______________

3時間ほど前
俺たち二人は、
矢代さんのサングラスを求めて街へ出た

ここのホテルは、この島の東側に位置し
街の中心部から車で20分程の場所にある

昔、この国がまだフランス領だった頃
フランス人の有力者達がこぞってこの場所に別荘を建てた

幾つかの別荘跡を、ここのオーナーが買取り
コンドミニアムの形をとって
小規模のホテルを作ったそうだ

コンドミニアムと言っても
ちゃんとシェフもいる
申し込みさえすれば
一日三食、部屋に届けてくれる
料理も一流だ

静かで、景色の良い場所であるし
秘密の隠れ家的な
地元でも、
「知る人ぞ知る」というホテルであるらしい

宣伝は余りしていないらしく
今も客は少ない

それで良く採算が取れると思うが…

「金持ちの道楽でやってんだろ」
最初そう言っていた矢代さんだが

このホテルが
一棟ずつ分かれた造りになっており、
他の客とは母屋の建物でしか接触が無いように通路も工夫されていて
時間がズレれば、
チェックインからチェックアウト迄
誰とも会うことも無い

それを知ると

「そういうの、求める客多いだろ」
「案外、上手く商売してるのかもな」

と考えを変えていた

フロントにはシェフの妻という女が立っており
ルームキーを預けると(部屋番号を見て)
ニコリと笑った

ここは極端に従業員が少ない
今、客が少ないというのもあるのだろうが
ここに来て4日、
まだピエールとシェフと、その妻というこの女の
3人にしか会っていない

普段、ホテルに必ずいるはずの支配人でさえ
目にしたことは無かった

その女に車を呼んで貰い、繁華街へと向かう

サングラスを売っている
雑貨店の有るという通りまで

矢代さんのサングラスは、
医者から勧められたものだ

矢代さんの右目は失明に近い
左目を酷使すると、
今度は左目のダメージが大きい

南国の日差しは強く
矢代さんは刺激の強い直射日光を避けねばならない

到着してすぐ買いに行こうと考えていたが
着いた日は既に遅く

「いらねーよ」
「ビーチに出なけりゃそう陽に当たることもねーし」と言う矢代さんの言葉に、伸び伸びになっていたのだ

それに、
思っていた以上に矢代さんは疲れていた
(それは俺のせいでもあるのだが…)
日中のほとんどは日陰で休んでいる

タクシーの後部座席に二人で座り
海岸沿いの風光明媚な景色を眺める

岬から湾のくびれた中心へ向かう車窓には
水平線から次第に
湾の向かい側の街景色へと
流れるように変わっていく
  
        _________________

街の中心部に着いた

ここはアジアの小さな国のひとつであるが
戦前はフランス領だった故か
ゴミゴミとはしておらず、
道も整備されている

街のあちこちにフランス風の建物が残り
この街の歴史を物語っている

教えられた雑貨屋は、
大通りよりひとつ奥に入った通りに有った
人通りは少ない

朱色の漆喰で塗られた壁に木製の雨戸
(ここも南欧風だ)

入口は、建物の壁から少し奥に入っている

ドアを入るとコロンとベルが鳴る

外から見るより中は広く明るい

お目当てのサングラスは
入口付近に有った
大量に掛けてある、回るディスプレイだ

それをくるりと一回りさせ、見ていると
奥の部屋から
「いらっしゃいませ」
と声が掛かる

日本語だ

「そちらは万引きされても構わない安物なんですよ」
出てきた男がそう告げる

日本人の男だ

三十代位か
白いシャツ、
黒縁の眼鏡を掛け
前髪をたらして表情が見えない

「ふーん」
俺が答えると

「…他には有りますか」
と、百目鬼が問う

「こちらです」
男は手元のガラスケースを手で指し示した

明かりで照らされたガラスケースのなかには
沢山のメガネやサングラスが規則正しく並べてある

店主らしいその男は、白い手袋を嵌めながら
「気になる物はございますか」
と問うた

俺はその中の幾つかを出して貰い、掛けてみる

じっとその様子を眺めている百目鬼に
「お前も掛けてみろよ」
と声を掛ける

「俺は…いいです」

ケースの中のひとつを出して貰い
「ほら」
と手渡す

戸惑いながら掛けてみるお前に
鏡を向け
背後から覗き込む

鏡の中のお前に向かい
「なんか、…SPみたいだな」
くすくすと笑うと

「そうですか?」
少し顔を赤くしてサングラスを外した

「チャラそうなのも掛けてみるか?」
ふざけて渡すと

「貴方は、なんでも似合いますね」
と真面目に答える

思わず黙ると

「お気に召したものがございますか」
再度、男が問う

「コレとコレ」
最初に手に取った薄紅色の丸いグラスと
百目鬼に掛けさせた黒いサングラスを男に渡した

買い物に時間を掛けるつもりは無い

男はそれらを専用の布で拭き上げ
値札を切ると
ケースに入れて請求する金額を俺たちに告げた

「ひとつは掛けて帰ります」
百目鬼がそう言うと
男はケースのひとつからサングラスを取り出し

「ご旅行ですか?」
と俺に手渡した

俺がそれを掛けると、
両手で俺の頬を包む様に手を触れ、
グラスとフレームの具合をみて
「いいですね、良くお似合いです」
と微笑んだ

「良かったら携帯番号か、宿泊されているホテルの名を尋ねても?」
と問う

「…なぜです」
即座に百目鬼が答える

「アフターケアの為に」と男

「じゃケータイね」
「090-○□×△-◽︎○△‪✕‬」
俺はスラスラと番号を言った

「矢代さん」
百目鬼が声を上げた

たしかに、この男は少し怪しい

最初から客に対する声の掛け方にも違和感があった

『この男は俺達を知っている?』
『極道の関係者か…』

その時
カランと入口のベルが鳴り
二人の人影が入って来た

「Oh!」

「ミスターやしろ!どめきー!」
聞き覚えのある声

ピエールだ

「どうしたんだこんな所に」
百目鬼が尋ねる

「This is my friend's house」
横にいる少年を指で示した

華奢な白人の少年が立っている
癖のある柔らかそうな褐色の髪
同色の目
鼻先に微かなそばかす

日に焼けたピエールとは対象的に白いその少年は入って来た時からずっと百目鬼を見ていた

だが、
俺の視線に気がつくと、すっと目を逸らす

「私の甥です」
俺たちの背後から男が声を掛けた

「ジュネ、お客様にご挨拶を」

「こんにちは、いらっしゃいませ」
外見と似合わず滑らかな日本語を話す

「私の姉の子なんです
訳あってうちで預かってます」

「高校生?」俺が尋ねると

「ピエールと同じ大学です」
目線を逸らし、赤くなって答えた

『シャイなのか…』

百目鬼はその様子をじっと見ている

「じゃ…俺たちはこれで」
俺がそう言うと

男はカウンターを回り込みながらやって来て
手に持っている名刺を差し出した

店の名前と店主である自分の名前が
アルファベットで印刷されてある

「どうも…」
「プライベートなんで、
俺は持って無いですけどね」

そう答えて
それを胸ポケットにしまった

「行きましょう」
俺の背中に手を回し、百目鬼が促す

Syougo Iwasaki

そう書かれていた

『イワサキ ショウゴ…』
名に覚えは無い

入口のドアに手を掛け
俺を先に促すと、百目鬼は後ろを伺いながら表に出た

歩き始めると、すぐお前は
「……あれ、七原さんの携帯番号ですよね」
と、徐(おもむろ)に言う

「…どーせアイツ(七原)暇なんだし」
「構わねーだろ」
そう言うと

「……」
お前は、呆れた様に俺を見て
微かに笑った

「きゃっ」
「あーっ」
突然後ろから女の声がした

続いて「ドロボー」
と叫ぶ声
振り向くと、10m程離れた場所に
若い女が二人抱き合うように立っている

その目線の先に
女物のバックを持った男が
こちらに向かって走って来る

日に焼けた若い男
派手なシャツにサンダル履きで
余裕の無い表情で走って来る
こちらに気付くと、
「退け」とばかりに片手を振り、睨んでくる

百目鬼は俺を背にかばい
一歩前に出る
男はギョッとして
一瞬動きが止まり
後ろに飛び退いたと思ったら
パンツのポケットからナイフを取り出し、
振り回すように百目鬼へ切りつけた

「切られた」
そう思った瞬間
男の体は宙を舞い、音を立てて地面に沈んだ

百目鬼は
ナイフを持つ手を避けて掴み
男の懐(ふところ)に入り込むと、
右足を払い、身体を沈め
背負い投げたのだ

一瞬だった

「殺すなよ」
俺がつぶやくと

「死んでません…」
と振り向いた

わらわらと近所の店から人が出て来る
若い二人の女も走り寄って来る

倒れてる男をと見ると、
泡を吹いて倒れてはいるが、息は有るようだ

だが暫くは起き上がれないと思われた

百目鬼が
男の手にしているバックを引き剥がし、
女の子の方へ渡そうと手を伸ばした

その時
不意に後ろから俺の左腕が掴まれた
ピエールだ
俺と百目鬼の腕を掴み、
先程の店へ戻るようにと合図をする

店先には、店主がドアを開け
上半身を覗かせて
こちらへと手招きしている

ピエールは俺たちの手を引き、
店の前まで来ると
背中に回り込み、店の中へと押し入れた
それと同時に
二人の女の子にも声を掛けている

店主の岩崎は
俺の背に両手を回し正面に立つと
「お怪我はありませんでしたか」
と問う

その間に割くように入り
俺を背にかばうように立つと
「俺達は、なにも」
と、百目鬼が答える

「お見事でしたね」
百目鬼に向かい合い、岩崎は微笑んだ

「そちらは…」
岩崎が、俺達の後ろに立つ二人の女の子らに声を掛ける

つられて俺達も
女の子を振り向く

「きゃぁ」と声にならない様な声を上げ
二人、手を取り合うようにして
百目鬼を見上げる

「……」
百目鬼は
無言でバックを女の子に渡し

「中を確認してください」
そう言うと、返事も待たずに

「帰りましょう」
と俺の背に手を回した

「待って下さい」
岩崎が声を掛ける

「警察が来ます」
「話を聞きに」

「お二人とピエールはこちらへ」

俺と百目鬼は岩崎から促され奥へと向かった

岩崎は甥のジュネに早口で何かを伝えると
俺達の背を押すように奥の部屋へ案内した
ピエールもその後に続く

「あっ〜」
女の子達は
百目鬼を目で追い縋るように背伸びをし
見送っている

しかし、
百目鬼はそれには見向きもせず、
俺の腰に手をやり奥の部屋へ進む

奥の部屋は岩崎の書斎の様であった
10畳程の広さ
中央に机と椅子が有り
右奥の小窓を背に長椅子とテーブル
左側には
床から天井迄ある壁一面の大きな本棚がある

岩崎はその本棚の前に立つと
本のひとつを掴み出し、奥に手を入れた
「カチッ」
微かな音がすると、人が一人通れる位の幅の棚が右にずれ動き、僅かな隙間が出来た
それを手で横に押すと、狭い通路が現れた

「ここから外に出て下さい」
「…表には、店の前には人がいますから」

岩崎はピエールを手招きし
先に行くように命じた

それから俺の方へ向き直すと
「裏に車を用意してあります」
「矢代さんの名で予約を入れてます」

「……」

「警察に説明するのは私が…」
「異国の地で警察と話すのは面倒なものですよ」

そう言うと俺の手を取り通路を進むよう促した

それでも百目鬼はじっと岩崎を見つめている

「百目鬼君、私は敵ではありませんよ」
「ご心配無く」

「さぁ、早く」

俺達は通路を抜けた先に、小さなドアを開け外に待っているピエールを見つけた

明るい光を目指し進み、ドアをくぐると
そこは店の裏の通りに出た

振り向いてドアを閉める
そこは普段壁になっている造りだ
ドアの取っ手は内側からだけであり
閉めてしまえば、そこに出口が有るとは誰も気が付かない

通りの脇には、入江に近い川が流れている
この通りには人の姿は無い

10m程先に車が止まっている

驚くことにタクシーは既に待っていた

『アイツ、どんだけ早く手を回したんだ…』

開けてある車の窓からは
ラジオの明るい音楽が聞こえてくる

ピエールはタクシーの後部座席のドアを開けると、俺に先に乗るよう促した
それに百目鬼が続く

ピエールは運転手に現地語で何か話し掛けながら、助手席へと乗り込む

くるりと振り向き
「ミスターどめきー、great !」
笑いながら言う

お前は困った顔をして
それには応えず、
俺に
「すみません…」
「騒ぎを起こしてしまい…」
と俯いた

「仕方ねーだろ」
「あの場合…」

「気にすんな」

そう答えながら
俺は別のことを考えていた

『あの男が俺の名を知っていたのは、
百目鬼が俺の名を呼んだからだ…』

『俺はあそこで百目鬼の名を口にしていない』
『いや、ピエールが俺達の名を呼んだが…』

『あの男は正しく(どうめき)と呼んだ』

『あの通路はなんだ』
『麻薬でも売買してんのか』
『川を使って取引している…?』

『犯人を捕まえた人間をそのまま解放する』
『地元の警察に、事情聴取をさせない』

『どういう目的で…?』

『それはそれで、相応の金が要るはずだ…』
『何故そんな面倒なことをする?』

『俺達のサングラスの代金なんて高が知れてんだろ…』

『それとも、もっと絞れる先でもあんのか』

『……』

ふと思い至ることがあった
それは口に出さず

「ピエール、お前、大学生だったのか」
俺が尋ねると

助手席のピエールはくるりと振り向き
「Mrやしろ?」
にこりと微笑む

「Were you a college student?」
もう一度尋ねると

「はいっ」
と覚えたての日本語で答えた

____________________

ホテルの部屋に着いた

貴方はずっと黙ったままだ
ベットに腰を掛け
じっと何かを考え込んでいる

矢代さんはあの店主のことを考えている

あの店主、何かある
それは俺にも分かるが、
引っかかっている何かが分からない

それよりも、あの店主の視線…
矢代さんを見る目

舐めるように矢代さんを見つめるあの男…
サングラスを掛けた時…
店に招き入れる時も、
奥の部屋や
通路へ案内する時にさえ
不必要に矢代さんに触れていた

甥のジュネという少年
矢代さんからの視線に赤くなり
目を逸らした
二度も

ひったくりされた日本人の女達
矢代さんをアイドルを見るように騒いで…

「はぁ…」

貴方はそれに気づいてもいない
いや、気づいていても、放っておいているのか…

「百目鬼、何考えてる?」

「……」

「あの店主のことだろ」
「確かに…胡散臭ぇよな」

「はい」

「だが、アイツは…」
「俺達を嵌めようとしてる訳じゃねぇ」

「俺達の何かを知ってはいるが…」

「多分…」

そう言いながらシャツの胸ポケットからあいつの名刺を取り出した

それをじっと見つめる

その手を掴む
「なん…?」
そのままベットに押し倒し
唇を塞ぐ

「ん…」

両手をベットに抑えつけ
キスを続ける

唇を押し開き舌を差し込む

貴方の舌を求め奥へ、奥へと俺の舌を差し込んでいく
苦しげに顔を背ける貴方を
追うように顔の向きをかえ
執拗にキスを続ける
「どうめ…」

「…ん…」

シャツのボタンに手をかけ
外していく…

着衣を全て剥ぎ取り
貴方の身体に俺の印をつけていく
身体を捩(よじ)り痛がる貴方に気遣いもせず
劣情にまかせ求めていく…

______________

荒々しく抱き
身体中に俺の痕(あと)をつけた

『俺のものだ』

ベットでうつ伏せになり
貴方は泥のように眠っている

少年のような寝顔
ここに来て幾度となく見続けた
美しい寝顔

『好きだ…』

『この寝顔も…何もかも』

『貴方を』

『誰にも渡さない…』

「リリン!」
「リリン!」
「リリン!」
「リリン!」
部屋の呼び鈴が鳴る

俺は貴方に薄いブランケットを掛けると
寝室のドアを閉め
急いでエントランスへ向かった

その間もベルは鳴り続けている

ドアを開けると

「社長〜ひどいじゃないですかぁ!」
汗まみれで赤く日に焼けた七原さんが立っていた

その脇にピエール
困ったように俺と七原さんを見比べている

「どけよ」
俺を押し退けて部屋に入って来ようとする

「静かにしてください」

俺が止めながらそう言うと

「はぁっ?」
「何でだよっ」

「矢代さんが寝ています」
「お静かに願います」

「おまっ」
そのまま俺を見て、顔を逸らす
察してくれたのだろうか

「うっせ〜な〜」
「目が覚めちまっただろうがよ〜」
髪をかき上げながら矢代さんが寝室から現れた

ガウンを羽織ってはいるが
俺のつけた痕は隠し切れていない

「!!!」

「しゃ、社長〜っ」

その後、このホテルのフロントで部屋を取っていた杉本さんも合流して
母屋の建物にあるバーに向かった

七原さんは
三角さんから内密で呼び出され
「杉本と二人、矢代と百目鬼の跡をつけろ」
と厳命されたそうだ

天羽さんには詳しい居所は聞けず、
必死の思いでここまでやって来たと言う

その二人の苦労を思うと
気の毒のような、
可笑しいような気持ちになってくる

実際、
矢代さんは二人の苦労話を聞きながら
遠慮なく笑い転げている

「どうせ三角さんのこった」
「俺達の邪魔するように言ったんだろ」

「そりゃご苦労さまだったなぁー」

二人に相槌を打ちながら
ケラケラと笑っている

「社長〜ひどいッスよ」
「社長〜ひどいッスよ」
二人同時に怨(えん)づく

「ひ〜っ ヒッヒ」

「社長〜それに俺のケータイ番号、
岩崎ってヤツに教えたでしょ?」

「うん」

「うん、…じゃねーっスよ!」
「びっくりしましたよ!」
「急に『矢代さんですか』って聞かれて」
七原さんは口をとがらせる

「クックック」
笑いを堪え、肩を震わせながら
「おめーがここに来てるなんて知らねぇからよ」
笑いすぎて涙目になっている

「でもそのせいで足がついたんスよ」
「ここ」
ホテルの床を親指で指して
誇らしげに言う

「俺らの場所、アイツに聞いたのか?」
と矢代さん

「そうッス」
「電話の後すぐ、あの雑貨屋に向かって…」
「でもあの店主、なかなか口割らなくて…」

そこへ正装した男がやって来た
「やぁ 見つかりましたね」
男が言う

岩崎だ

髪をオールバックにし、
黒い三つ揃いのスーツに身を包み
同じ色の蝶ネクタイをしている

昼間の白シャツ黒縁メガネの男と、
同じ男とは思えぬ程、堂に入っている

「支配人だったんだな」
胸ポケットから名刺を出し、裏を見せながら貴方は言う

雑貨屋の名刺の裏には
このホテルの支配人の肩書きが記されていた

「さすが、気がつきましたね」
カウンターに肘を付き、
貴方の目線にあわせ、笑いながら自分の名刺を指で挟む

貴方は、すいっとそれを横に躱す
「天羽さんの知り合いか」

「お察しの通り」

「貴方がたのことは、
くれぐれも宜しく、と頼まれていましたからね」

「トラブルはご法度です」

そう言うと、じっと貴方を見つめる

「天羽さんには恩があるんですよ」

そう言うと、目線を逸らし
新しい水割りのグラスを2つ、バーのボーイから受け取った
ひとつは貴方に手渡し
もうひとつを自分の手に取る
それを貴方のグラスに軽く当てると
ひとくち口にする

「天羽さんは子供の頃からの知り合いです」

「へー」

「僕は、あなた方の疑っているような、危ない人間じゃありませんよ」と笑った

「それにしちゃ秘密の通路は怪しいな」

そう言うと、
タバコを咥え、貴方は俺の方へ顔を向けた
俺はそれにライターで火をつけながら岩崎を窺い見る

岩崎は、出しかけたライターをまたポケットに収めながら

「フランス領時代の遺物ですよ」
「地元民のレジスタンスの名残りですね」

水割りのグラスを手で揺らしながら

「見つけた時は驚きましたがね」
と言い、
ふふっと笑うと
今度は
矢代さんの耳に口を寄せ、
何やらコソコソ話している

途端に赤くなる矢代さん

俺は右手で抱え込むように矢代さんの肩を抱き
岩崎から引き離すと
無言で岩崎を強く睨んだ

岩崎は両手を肩まで上げ、大袈裟に
「君の大切な人に手は出さないよ」
と笑った

「もしフリーなら、是非お相手願いたいがね…」
と、
目線を落とし、座っている矢代さんを見つめる

「だけど僕だって命は惜しい」
おどけて片目を瞑ってみせると
グラスを片手にフロアへ消えていった

「何て言ったんです…?」
矢代さんに問う

「知らね」
そう言うと
赤くなったままの貴方は
煙草をひとくち吸い、
横を向き煙を吐いた

七原さんは上機嫌で、
カウンターの中の若い女性バーテンダーを
口説いている

俺は早く岩崎の言葉が知りたくて
矢代さんをすぐにでも部屋に連れ帰り、
問い詰めたいが

貴方は「ヤダ」
と、子供みたいに駄々を捏ねて顔を伏せている

俺は、貴方の手足に
俺の痕が赤々と残っているのを
申し訳ない気持ちと
こそばゆいような気持ちで眺めていた

あの時、貴方は
感情にまかせ、貴方の身体に痕をつける俺の背に手を回し、喘ぎ、足を絡めた
痛がりはしたが、抵抗はせず
俺の髪に手を埋め
「…ばか」と呟いた

ここへ来る時も
着替える貴方は
長袖を拒み、半袖に袖を通した

貴方の、俺への気持ちを
垣間見た気がした

ザワザワと騒がしいバーから
貴方をどうやって連れて帰るか
俺の手を握り、うたた寝している貴方を
その寝顔を、誰にも見せたくなくて

しゃがみこみ
俺の背を貴方の前に滑り込ませ
ヒョイと背負うと
バーの出口へ
一直線に向かった

通路に出ると
夜は更けている
涼しい海風が俺達を迎え
棟へ続く道は
月明かりで照らされている

背中には貴方が身を任せ眠っている

ブーゲンビリアの花々の屋根が頭上に続き
その遥か天上には
月明かりに負けない位
輝く星がひしめいている

部屋に向かいながら
貴方を静かに揺すり上げる

貴方は両手を伸ばし、俺の首にしがみつく

今夜はもう手を出せない

せめて
傍で眠ろう

眠れる自信は無いが…

棟に入り寝室へ向かう
貴方を背中から降ろし、静かに横にする
されるがままの貴方は
子供のように無防備だ

寄り添うように横になり
そっと髪を撫でる

「ん」
貴方は俺の胸に顔を寄せ
身体を丸め腕の中に収まった

貴方の吐息がくすぐったい

今朝、ピエールが教えてくれた
寝室の花はプルメリア

白い花が
夜になった今も甘い香を放つ

それが今は悩ましい

静かな夜に
貴方の穏やかな寝息と
俺の溜息だけが響く…

貴方の白い手が
俺の背にまわり
シャツを掴む

俺は今夜も
眠れない長い夜を過ごす


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