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天人の社(やしろ)矢代と百目鬼の物語

囀る鳥は羽ばたかない二次創作⑦

#百目鬼力誕生祭2023

なつなさんの神秘的で妖しく美しい曼珠沙華のお写真と、
かしらさんの美しく切ない曼珠沙華のイラスト(4年前のもの)から妄想を膨らませて作りました
(かしらさんの、2023年のものも素晴らしい作品です!ご覧下さい)
お二人にはご了承を頂いております

       _________________

10月も終わりに近づいたある日
俺と百目鬼は
三角さんから突然呼び出され、
北陸のとある町の葬儀に、自分の代わりに行って欲しいと頼まれた

珍しく冗談も言わず、真面目な顔で
「百目鬼と一緒で構わない」
と言った

いつも、何かしら俺たちを引き離そうと企てる三角さんだが、今回は他の誰でもなく
「百目鬼を」と言う

「いつ行けば?」
と尋ねると

「今から」と言う

天羽さんを呼び、
「用意したものを矢代に…」そう言うと

俺を見て
「じゃ、頼んだぞ」
と片手を上げて部屋を出ていく

天羽さんに法要の説明を受け
用意された香典と供物を預かり
詳しい場所を聞くと、そのまま自宅へ戻った

俺と百目鬼の喪服と数珠、それと着替えを取りに、
日帰りでは無理な距離である為
必要な物をバックに詰めていく

準備を終え
そのままタクシーに乗り、駅へと向かう

列車の切符は天羽さんが用意してくれており
法要先の最寄り駅まで三度、乗り換えをする

「遠いよな」

漸(ようや)く最後の乗り換えを終え、
車窓の景色を眺めながら呟いた

「三角さん、少し変だったな」

ずっと思っていた事を口にする

「はい」

「いつもなら天羽さんか、他の奴に代参させるだろ」

「用事でもあったのかな」

__なぜ「俺達」なのだろう…

なんとなく釈然とせず、

流れていく
車窓に映る景色を
二人、無言で眺めた

駅に着くと白い乗用車が待っていた
「矢代様、百目鬼様ですね」

まるで借り物の服を着ているような
白いシャツ、白いズボン、
白い帽子、白い手袋をした
年配の男がにこやかに迎える

ベルトだけが黒い

そう思って見ていると、
ズボンの後ろポケットから
白くフサフサしたしっぽのような物が
出ている

「しっぽ?」
笑いながら俺が問えば

「ケータイストラップです」
横文字を、言いにくそうにそう言うと
年配の男は、えへえへと笑っている

町で唯一のタクシー運転手
というその男は
ニコニコと愛想良く笑い
出発するとすぐ
この町に伝わるという伝説を語り出した

俺と百目鬼は無言でそれを聞かされる

都会にもこんな運転手、時々いるよな…と思いながら

この運転手が言うには

この町が
かつては村だった遥か昔に、
村にある一番高い山に「天人」が降り立ち
村人達は大層歓迎したという

しかし、「天人」の帰る日が分かると
村の長(おさ)は
「天人」を騙して薬を盛り
その山の中腹にある社(やしろ)に棲む鬼人に
「天人」を生贄として捧げようとした

生贄とされる日、
それは「天人」の天に帰る日だ

天から迎えが来る前に
「天人」を鬼人に捧げ、
これから先、未来永劫、
村人から生贄を出さずとも良いようにと
村の長が話をつけたという

身勝手な話だが、
毎年生贄として村の何人もの若い娘を
犠牲にして来た苦渋を思い
この機会を逃さぬようにと
村の長は思い立ったという

村人総出で「天人」を見張り
邪(よこしま)の蔓(ツル)という名の蔓で
「天人」の手足を縛り
輿に乗せて
鬼人の棲む廃屋と化した社(やしろ)へ向かう

鐘が四つ(現在の午後10時)
社に着き
輿ごと「天人」を中へ入れる

輿の周りには沢山の供物、
花が供(そな)えられ
村人は「天人」に対し
口々に詫びの言葉を述べ出ていく

「天人」は、足の蔓だけを外され、
後ろ手に縛られた手をそのままに
輿の上に正座をさせられ、その時を待つ

入口には閂(かんぬき)を渡されている
窓も無い
出ることは叶わなかった

約束の時刻になると

何処からともなく瘴気が漂い、地響きの様な音がいくつも重なり、鬼人達が近づいて来る

その時、
社の入口の閂が外され、
逞しい若者が「天人」を救いにやって来る

若者は「鬼人」から辱められたという噂のある女の、子供であった

その噂があるだけで、村には住めず
村外れに親子二人、ひっそりと暮らしていた

若者は獅子奮迅の働きで「天人」を救うと
「天人」を天からの遣いの使者に返し

自分は、
弱った鬼人達の社(やしろ)に住み着き
死ぬまで鬼人の守り人となった___

今から向かう葬儀の主の家の裏手に
その社が有り
当時、
「鬼人の社(やしろ)」と呼ばれていた社は
今は
「天人の社(やしろ)」と呼ばれている
というのだった

運転手の長い話をぼんやり聞きながら
耳に残る「やしろ」と「きじん(鬼人)」
という言葉が

まるで自分達を指しているワードようで
伝説の昔話は胸に残った

それは百目鬼も同じだったようで
運転手の話が終わっても
じっと黙り込んでいる

_________________

葬儀の主の家に着き
車を降りる

辺りはもうすっかり暗くなっていた

運転手は何故か代金を受け取らず
「もう頂いてます」
そう言うと
そそくさと今来た道を引き返して行った

二人、無人かと思われる
暗くひっそりとした古民家の前に立つ

玄関には「忌中」の文字の紙

声を掛る間もなく
突然
カラリと戸が開かれる

薄暗がりの中
小学生位の背丈の
白い手ぬぐいを被り
白い割烹着を着た老婆が目の前に立ち

「この度は矢代様、百目鬼様、わざわざのお越し、痛み入ります」と頭を下げた

二人、驚いて声も出せずにいると
老婆は歯の欠けた口でニカッと笑い
薄暗がりの中、よろけもせずに
スタスタと奥へと案内をする

老婆の後ろ姿を何気なく見ると
割烹着の下、白い着物に白い帯
ふわふわとしたシッポの様なものが
棒の先に付き、老婆の背中で揺れている
棒の根元は
帯と着物の隙間に刺し込んである

_ハタキか…
掃除でもしてたのか

この暗がりに…

葬儀は明日の朝だという

今夜は通夜だが、
通夜の法要は既に済んでいた

俺達は香典と供物を供えて
焼香を済ませると
夕餉を取り、
それぞれに湯浴みを終え
宛てがわれた部屋へと引き取った

他に泊まり客は無く、家はひっそりとしている

時々、老婆の鳴らす
りんの音だけが家の中に響く

百目鬼と二人
床を二つにし
枕を並べて休む

疲れていた俺は
床に入ると気を失う様に
眠りについた

__気がつくと、俺は後ろ手と足を縛られて
寝かされている

縛られている手の辺りから
何とも言えぬ悪臭がし
手首も足首も焼けるように痛い

身体も痺れて
動かすことも出来ない

薬を盛られてる…
そう思い、周りを見渡してみる
部屋の中には誰もおらず

ボソボソと数人の男の声だけがする

襖の向こうで話している

「余りに恐れ多い…」
「仕方の無いことだ…」

「とても神様のお許しは得られまい」
「わたくしが、一人地獄へ向かえばよいこと…」

「いや、これは我ら全ての問題」
「長(おさ)、一人の責任では…」

「…………」

話しは続いていく

時間を置き、襖がカラリと引かれると
膝を付き、頭を下げる格好で三人の男達が入って来た

俺は朦朧とした頭を擡(もた)げ
男らに顔を向ける

「申し訳ございませぬ」
「天人様にこのような所業」
「我ら三人、地獄で身を焼かれる所存にございます」
そう言うと頭を床に擦(こすり)り付けた

そうか…
これは夢だ

あの運転手が話していた
天人の社の…

ふーん、
じゃぁこれから俺は生贄にされるんだな

そして若者に助けられる…

その若者の印象が、何故か百目鬼のようで
俺は
夢の中のアイツに会ってみたくなった

_______________

いつもなら矢代さんの横で眠る時は
寝顔を眺めながら時間を過ごすのに
今日は珍しく、
布団に入ると吸い込まれる様に睡魔が襲った

何故か予感があった

俺は夢の中にいる

普段、俺はあまり夢を見ない
見ていたとしても
覚えていないのかもしれないが

運転手の話を聞いて
確信があった

何故かあの話の中の若者は俺だと

夢の中で
今俺は、粗末な木綿物の着物を着ている

俺の立っている場所

ここは長(おさ)の屋敷裏
枝折り戸から入った裏庭の一角らしい

昔話しの通りなら、
俺はこれから鬼人と戦い
「天人」を救い出すのか

村人達が次々と集まり
裏庭に人が溢れていく
「天人」を乗せ
ここの玄関まで来た輿が
また用意され、
今度は裏口の前へ置かれる

俺は屋敷の使用人から呼びつけられ
勝手口から屋敷の中へと入っていく

しんとした廊下を進み、
案内された部屋の前で跪(ひざまず)く

「お呼びでしょうか」
声を掛ける

襖が開かれ
部屋の中が目に入った

思った通り、
「天人」は矢代さんだ

長い髪を後ろで束ね
淡く薄く七色にも見える不思議な衣に身を包み
輝くように美しい貴方が

後ろ手と足首を縛られ、着衣は乱れ
苦しそうに頭を擡(もた)げている

その様子に胸を衝(つ)かれる
と同時に
激しい怒りが俺の全身を走った

昔話の通りなら、
貴方は薬を盛られている

身体の自由がきかないのだ

俺と目が合った

一瞬で
「天人」の中も、
今の矢代さんであるとわかる

俺は
長の命令で
「天人」の貴方を抱きかかえ
輿まで向かう

抱きかかえる際に
貴方の耳に口を寄せ
「必ず助けます」
そう囁(ささや)くと

貴方は
「ん」と小さく答えた

途端に胸が熱くなり
そのまま抱きしめて
その唇を奪いたい衝動に駆られた

愛しい__

どんな貴方も
美しく愛しく
そして、離れ難(がた)い

その気持ちを必死に堪(こら)え
抱きかかえて、表まで出ると
輿に
貴方を静かに横たえた

________________

矢代さんの「天人」を乗せた輿を
村人達と抱え、杜(もり)の中を進む

黴(かび)臭く湿気のある風が吹く
暗く重い空気の中、
社まで続く長い石段を上り
漸(ようや)く鬼人の棲む社(やしろ)に着いた

運転手の言っていた通り
鐘が四つ(午後10時)となった

廃屋の様な社だが、建物は大きく
観音開きの入口を開くと
そのまま輿ごと中に入れた

村人達は、
輿の周りに様々な供物
花を供えていく

口々に「天人」への
詫びの言葉を口にしながら

中には涙し、逃げ出す者もいた

それが終わると
「天人」の足を縛る蔓(つる)を切る

ベタベタと植物特有の粘液が手に付いて
用意してある濡れ手ぬぐいで
「天人」の両足首を拭き
自分の手もそれで拭(ぬぐ)った

自由になった両足に
「天人」の草履を履かせる

まだ後ろ手に縛られている
「天人」の身体を支え
抱き起こしていく

先程は、
力無く俺に抱きかかえられた
貴方の身体が
今は
力が戻っているのが分かる

輿の上に正座をし
顔を俺の方へ向けると
貴方は
まわりに見えない様に
そっと
片目を瞑ってみせた

貴方に盛られた薬は、
切れてきたのだと分かり
ほっとする

不意に赤い櫛を持った手が
俺達の後ろに見えた

世話をする少女であろうか
粗末な木綿物を着たその娘は

「失礼致します」
小さな声でそう言うと
櫛を着物の襟に挟め

正面に回り
正座をし、頭を床に擦り付ける様にして
挨拶すると
「天人」の着衣の乱れを整え
埃を払っていく

それが終わると、後ろに回り
襟に挟めた赤い櫛を取り出し

「天人」の髪を梳き整えていく

全てが終わり、また前に回り込むと

目にいっぱい涙を溜めて
無言で丁寧にお辞儀をし
逃げるように社を出ていった

俺も長から、社から出るように言われる

俺は
周りに分からぬ様に
蔓に切れ目を入れると
矢代さんの手に短刀を握らせた

そのまま社を出て戸を閉める
大きな柱のような閂(かんぬき)を掛け

村人達と一緒に社を離れる

長(おさ)達は
社から道を少し下りた
小さな東屋に入って行くと
それぞれに腰を掛け、頭を抱えている

村人達は
それよりもっと離れた場所に
ひとかたまりとなり
各々正座をし、
手を合わせている

その中にさっきの娘を見つける
母親と思われる女に抱きつき、
泣きじゃくっている

あの娘は
次の生贄だったのだろうか…と思う

俺は
村人達の中に紛れる様に入り
しばらく様子を見て
また杜(もり)の中へ入っていくと
そのまま杜の中を駆け
矢代さんのいる社へと引き返した

社の中はしんとしている

俺は社の入口の格子から
僅(わず)かに中が伺える位置を探し
じっと身を潜めた

しばらくして
九つの鐘が鳴る(午前12時)
約束の時刻だ

ギシギシと遠くで軋む音がする

何処からともなく瘴気が漂い
ずしずしと重い足音が幾(いく)つも重なり
響いて来る

それが次第に近くなって来る

鬼人だ

俺は素早く社に近付き
閂(かんぬき)を外すと
入り口を開き、矢代さんを探した

思惑通り、
矢代さんは手の蔓を切り離し
自由になっていた

脇に隠れていた矢代さんは
ヒラリと表に現れ
俺の後ろにピタリと身体を寄せ
「来るぞ」と告げる

俺はそれに頷くと
「隠れていて下さい」

そう言い

矢代さんを背に庇(かば)い
油断なく身構えた

社の奥からは
山のように大きな影が
幾つも重なり
狭い通路を塞ぐように
一人一人並んでやって来る

瘴気が濃いさを増し
腐った様な臭いが辺りを満たす

最初の一人が姿を現した
ロウソクの灯りに浮かぶ
醜い姿

2mを超えるかの背丈
赤黒い肌の色
薄くベタベタとした髪が肩まで届き
目は髪の間から鈍い光を放つ
絶え間なく鼻息を鳴らし
その巨体を揺らしながら歩く
大きな口はだらしなく開いて
タラタラと涎を垂らしている

明らかに異形のモノだ

「いな〜い」

低く唸るような声を上げ
獲物である「天人」を探している

遠慮はいらない__
その瞬間、そう思った

俺は
鬼人に閂(かんぬき)を
思い切り投げるように叩きつけた
肩を打たれた鬼人は膝をつき
肩を手で押さえる

すかさず、
その頭を狙い閂を振り下ろす

濡れ雑巾を叩きつけた様な音がし
鬼人の頭が潰れ
床に倒れ込んだ

倒れた一人目の鬼人は
そのまま動かなくなった

後ろに控えていた鬼人は
それを見て頭に血が登ったのか
奇声を上げながら
俺に襲いかかって来る

難なくそれを横に躱し
足を掛け
倒れた込んだところを
閂で急所を潰す

次々と現れる鬼人に
俺は
短時間で致命傷を与え
確実に一人一人倒していく

長年、
ただ食べるだけの生活を
続けていたであろう鬼人は
動きが鈍く単純で
呆気ない程簡単に
俺の攻撃に倒れていった

しかし
腕や足を折られ、
頭の一部さえ潰されているのに
鬼人は死なず
唸り声を上げて
動かぬ仲間を抱え
這うように出てきた道を引き返した

俺はその後に続き
引き摺るように流れた血の跡を追って
鬼人の住処に辿りつく

岩を掘った様な洞窟に
鉄製の扉が開いている

その中に頭や手足を潰され、
瀕死の鬼人が五人
ひと塊(かたまり)になり
苦しげに呻(うめ)いている

もう戦う気力は無さそうだ

扉には閂(かんぬき)を掛ける仕様に
なっている
だが
肝心の閂は見当たらず

近くにあった棍棒のような鉄の棒を
閂の代わりとし
扉に封をした

「ひでぇな」

突然
呟(つぶや)く様な声がした

振り向くと「天人」の矢代さんが立っている

薄暗がりのこの場所で
淡く光る衣をまとい
薄茶色の長い髪を
後ろでひとつに束ねた美しい貴方が
「天人」とは思えない口調で呟き
笑っている

俺は途端にほっとして
思わず矢代さんを抱き締めると
その場で唇を奪った

矢代さんも背伸びをし、
俺の首に両腕をまわす

「心配しました」
ゆっくり顔を離し、抱き締めたまま
そう言うと

「俺は心配してない」
と耳元で笑った

ザワザワと社に人の集まる気配がする
村人が、異変に気付き
様子を見に来たのだろう

俺は、矢代さんの手を引くと
洞窟の脇にある細い道を進んだ

しばらく歩くと坂道に出る
そのままずんずんと登って行き
30分程で
山頂に着く

後ろを見ても
誰も追いかけて来る気配は無い

山頂は静かに
風の音だけが響いている

天空には十三夜の月
俺達の前には
月明かりに照らされた
曼珠沙華の群生が
見渡す限りに広がっている

もうとっくに
時期は過ぎているはずなのに
枯れもせず
赤く妖しげな花々は
風に吹かれ
一斉に波立つ様に揺れている

「迎えが来る」

月を仰ぎながら
貴方はそう言った

「お別れだ」
人形の様な冷たい横顔を向ける

矢代さんでは無く
「天人」がそう言っている

分かっているのに

俺は胸を締め付けられる様な
痛みを覚えた

「嫌です」

頭を強く横に振って
そう答える

「運命(さだめ)だ」

矢代さんの声を借り「天人」が話す

「…嫌です!」

もう一度、絞り出すように
そう言うと同時に
貴方を強く抱き締めた

貴方が何か答えようと
口を開きかけた…

その口を
俺の唇で塞ぐ

微かに開いた唇を押し開き
貴方の舌をさがし
絡めていく

『貴方を二度と離さない』
心の中でそう誓ったあの日を思い出し

俺はもう止まらない

曼珠沙華の花の上に
貴方を押し倒し
衣の襟を開き、帯を引く

月明かりに
貴方の白い肌が顕(あらわ)になる

真っ赤な曼珠沙華に囲まれ
天人の衣が広げられる
貴方の白い身体は月光を浴び
月明かりに銀色にも見える長い髪が
花の上に乱れて
この世の者とは思えぬ程、美しい

今度はゆっくりと
貴方の唇に俺の唇を重ね
身体を重ねていく

両手の指を絡ませ
首筋に舌を這わせていく

震えるような声を上げ
貴方が反応していく

首筋から、胸へと
舌を這わし、唇で痕をつける

貴方の白い肢体に
赤く
曼珠沙華の花のように

「…ぁあ」

痛みと快感に眉を寄せ、
俺の髪に手を埋め
身体を震わす貴方に
舌と指で愛撫を続ける

身体の隅々まで
ひとつ残らず唇を這わせ
貴方を俺のものにする

貴方の
ため息の様な
甘い吐息を耳に受けながら
貴方の足を開き
俺は想いを向ける

目の周りを赤く染め
俺の背中に手を回し
幾度も達する貴方に

俺は堪(たま)らずに

何度も何度も、繰り返し
想いを遂げる

月光の下(もと)
赤い曼珠沙華の花の中で
絡み合い、愛し合う二人

どれほど時が経ったのか
花の中で二人
抱き合い
眠っていた

ふと気づくと
矢代さんは
俺の腕の中から消え
衣を羽織り
俺の傍に跪(ひざまず)いて
頬に触れている

貴方の衣は
曼珠沙華の色がうつり
大輪の花のように
赤く染っている

その周りには沢山の「天人」達

遣いの者なのか…

「帰るのですか…」

俺は慌てて起き上がり
頬に触れている貴方の手を取り
掠れ(かすれ)た声で、
そう問うと

その中の一人が
「帰りません」
「一人、星に流刑されるのです」
と言う

流刑…

俺は、訳が分からず呆然とした

「私達は、地上の者と契りを交わすことを禁じられています」

「この者は掟を破りました」
「罰を受けねばなりません」

そう言うと従者は矢代さんの腕を掴み
立たせると、そのまま
連れて行こうとする

思わず貴方に手を伸ばし
「待って下さい」
大声で叫ぶと

従者は振り向き
天を指さし、

「南の空、夏から秋にかけ、一際(ひときわ)赤く光る星が有ります」
「この者は、あれに囚われるのです」

「例外は許されません」
「星に流刑されるのです」
「ただ、一人きりで」

冷たくそう言うと
従者達は矢代さんを取り巻くように集まっていく
そしてその周りを白い靄(もや)が包んいく
白い靄に消えていく姿

嫌だ…!

声に出そうとしても出せず
必死で貴方の姿を目で追う

白い靄はひと塊(かたまり)となって
俺から離れていく

俺の身体は縛られた様に動かず
その場に固まっていた

そんな…

俺は
心臓が止まったかのような
衝撃を受けた

__俺の所為(せい)で…貴方が…

身体中が冷たくなり
手が震え、
指先の感覚が無くなっていく

白い靄は
細い列となり
やがて
天に昇っていく

絶望の中
俺は次第に気が遠くなり

意識が途切れていった

遠くで従者がまだ何か言っている…
そう思うが、身体が言うことを聞かなかった

________________


辺りが明るい

目を覚ますと
古民家の布団の中であった

ガバッと飛び起き
横を見る

矢代さんが静かに眠っている

良く見ると目に涙が滲んでいる

と同時に自分も泣きたくなった
全身の力が抜ける

夢で良かった…と
頭を抱える

夢の中でも貴方と決して離れたくない
そう思う

そっと矢代さんの布団に滑り込み

片手で矢代さんの頬を包み
滲む涙に唇をあてる
もう片方の手で
身体を包む様に抱き締める

ああ…貴方の匂いだ

貴方も目を覚ますと
無言で俺に両手をまわす

どちらからともなく
唇を合わせる

ゆっくりと顔を離し
無言で
また抱き締め合った

まだ夢の中の悲しみが、二人の身体に残る

この切なさを
どうすることもできない

老婆が部屋の前へ来て
声を掛けるまで

俺達は無言で抱き合っていた

_______________

葬儀が終わり
老婆に挨拶をして
俺達は古民家を後にした

家の前には、
またあの白いタクシーが待っている

しかし
ニコニコと愛想の良い運転手はおらず
若く無愛想な男が立っていた

制服も帽子も、黒い

あの年配の男、
町で唯一の運転手と言っていたのに

この若い男はアルバイトなのだろうか

そう疑問に思い、

俺は
「この前の運転手さんは休みなのか?」

と若い男に話し掛けた

「この町のタクシーの運転手は俺だけですよ」

「T市にある○○タクシーの出張所なんですが、お客さんが少ないんで俺一人で充分なんスよ」

よく見ると、車体は白いが、
(○○タクシー)の文字

あの車にそんな文字は無かった

狐につままれた様な気持ちになり、
二人、車に乗り込む

古民家から道をカーブして
表通りの道へ進む途中
古民家の裏手に階段が見えた

鬱蒼とした杜(もり)
日影になっている階段は
まさしくあの社に続く階段だ

その手前
階段の両脇に
白狐の石像が二体、石の台座に座っている

二匹の白狐…
白いしっぽ

不思議な運転手
老婆
二人が頭に浮かぶ

古い伝説

本当にあった事なのか
偶然なのか
今となっては知る由もない

百目鬼は夢の中の出来事を
まだ考えているのか
ずっと黙ったままだ

俺は
「お前、昨日、誕生日だったな」
と声を掛ける

続けて
「お前、さそり座なの?」
と、問う

「はい」
お前は
それが何か?という顔をしている

ふふと笑いながら
「俺は、お前に囚われるんだな…」
と、呟くと

訳が分からないのか
お前は俺を見つめている

「夏と秋の間、南の空、ひときわ赤い星に、俺は囚われるんだろ?」

「天人」の従者の言葉だ__

「赤い星はアンタレス、さそり座の心臓、一等星だ」
俺がそう言うと
百目鬼は目を見開いて驚いている

「じゃあ…俺達は、離れずに…」

縋るように俺を見ている

「…ん」俺が頷くと

お前は嬉しそうに微笑み
顔を覆い
大きなため息をついた

そして車窓の向こう
あの山を探し見つめている

俺は、従者も気が利いていると思う

あの時__
従者は俺を連れて行きながら

「冬になれば二人、地上へ降りて冬を越すように」
「それも罰である」

澄ました顔でそう言うと
くすくす笑い、俺を星に連れ立った

百目鬼はそれに気がついたのだろうか

あの時、百目鬼だった青年は、
俺に去られ、
ひれ伏すように倒れると
そのまま蹲(うずくま)ってしまった

あの後の俺も、百目鬼の青年も、幸せであれ

そう願う

帰ったら百目鬼に
あの後の、話の続きをしてやろう

あの後、
二人は幸せでいたであろうことを…

タクシーから見える街並みは
田舎の街並みから
地方都市のそれへと
変わりつつある

ビルの合間にあの山が見え隠れし
大通りに入ると
やがて
それは見えなくなった__


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