小説「トークルーム」

「好き」

 その言葉を検索にかけたのはどうしてだったか。ずらりと並んだ「好き」の混ざったメッセージ。年甲斐もなく君からの好意を確かめたくなったからなのか、それとも寂しくなったからなのか。表示された検索結果を遡っていく。1年前、2年前、3年前。僕の「好き」と君の「好き」が交互に現れてくる。遡るほどに僕から「好き」と言う回数が増えていく。そういえば、付き合いたての頃は僕から言うことが多くて、段々と君の方からも言ってくれるようになったんだ。懐かしい。まだ若かった二人の「好き」。すらすらとスクロールをして、何気なしに眺めていたらとうとう15年前まで来てしまった。15年前の、最初に二人のトークルームに「好き」の二文字が現れた日。初めての「好き」はやっぱり僕からだった。どんな話の流れで僕は「好き」なんて言ったんだろうか。トークを開いてみる。

 「あぁ。告白した日だったか」

 随分昔の、懐かしい記憶が鮮明に現れてくる。まだ大学生だった頃の話。同じサークルにいた彼女のことが好きになって、飲み会を重ねるうちに仲良くなっていき、一年生の冬に勇気を出して告白することにした。飲み会のあと、二人きりになったタイミングで気持ちを伝えた。そうして僕と彼女は付き合うことになった。そのあと、駅まで一緒に歩いて、家が反対方向だからって言ってそこで別れて、1人で乗ったいつもの電車の中で「これからよろしく」と「好きだよ」というメッセージを送った。彼女は「こちらこそよろしく!」と「私も」と送ってくれた。当時の僕がこの2つのメッセージをどれだけ喜んだかは言うまでもない。その日から僕と彼女の日々が始まった。色んな所へ行った。色んなことを話した。色んなことで喧嘩もした。このトークルームの中には僕らの日々の断片がちゃんと残ってた。

 懐かしいな。こんなこともあったか。ずいぶんと思い出すこともあるんだな。時が経つにつれてトークの内容も変わっていった。就活のこと、仕事のこと、結婚のこと。それでも「好き」の2文字だけはずっと変わらなかった。付き合い始めて2年目の頃から半ば挨拶のようになっていたその言葉は、自然と口から出てしまうわりに感情のこもった、厄介で、とても大切な言葉だった。
 15年の回顧を終えて、最新のトークまで戻ってきた。最後のメッセージは君からの買い物メモだった。

 「最後にもう一度だけ、君から聞きたかったな」

 薄化粧をした君が長い旅へ出掛けていったのはつい一週間前のこと。それなのに、それは随分と昔のことのように思える。不思議な話だ。君と過ごした日々は昨日のことのように鮮明なのに。トークルームの中には君の言葉が沢山あるのに。けれど、そうか。もう君には会えないのか。気軽にメッセージを送ることも、買い物メモが送られてくることもないのか。「好き」と言うことも出来ないのか。
 スマホを閉じて、部屋を見渡す。どこを見ても君との思い出が蘇る。
 ずいぶん静かになってしまった。

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