「雅楽」をまったく知らなかった私が、東儀秀樹さんから教わったこと
知らなかったことを知ったとき。新しいなにかに興味が湧いたとき。
脳の回路が増え、その回路がほんのり明るくなるような気がするのはわたしだけだろうか。
50歳をとうに過ぎているのに「雅楽」と聞いてもピンと来なかった。頭の中は「???」となるし、説明もできずに口はパクパクするし。これって日本人としてどうなのよ、自分?という焦りを感じたことがある。
雅楽とはなんぞや?
この疑問に道すじを見せてくれた人がいる。
それは、雅楽師の東儀秀樹さん。先日、講演会でお話を聞くチャンスがあったので「雅楽ってなに?」と思っている人にシェアしたい。
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1000人以上の聴衆を前に現れた東儀さん。スラリとした長身で、足も長く、気品漂うお顔立ち。さすが奈良時代から続く楽家(がくけ)の家系の方だわ。きっと難しくて固いお話をされるんだろうな、と思っていた。
ところが。
なんのなんの。思いの外ざっくばらんな方で、話を聞くうちに親近感がフツフツとわいた。
♢
東儀さんは、学校の芸術鑑賞会など、若い人たちに雅楽を披露する機会もあるという。雅楽は日本の伝統的な音楽ですと言っても、それを云々かんぬん説明したところで、子どもたちの心には響きにくい。さてどうするのか。
雅楽の楽器を使い、中高生に馴染み深いJ-POPを演奏し、雅楽の魅力を伝えるらしい。
「僕は、今まで雅楽というものに興味をもたなかった人が興味をもつように話をしたい。その興味のタネを蒔きたいんです」
「話を聞いた人が、雅楽のことをちょっと調べてみようかな、もっと聞いてみたいな、習ってみようかな、となにか行動を起こす。その行動のキッカケをつくりたい」
そういったスタンスで講演をされる東儀さんの話は、面白い。
雅楽の楽器の描写は「枕草子」や「源氏物語」によく出てくるんだとか。
「もちろん「源氏物語」の文章を読んでいるだけでも楽しい。でも雅楽を少しでも知っていると、物語の味わい方がより深くなる」
「たとえば、雅楽の演奏のシーンを読みながら、楽器の音色や演奏の様子を想像できます。雅楽を少し知っているだけで、登場人物の心情やシーンを思い浮かべやすくなって、内容がイキイキしてくるんです」
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雅楽は、公式の伝統的な音楽。格式があり、皇室、神社、仏閣などで演奏される。
「雅楽に使われる楽器は、約1400年前にアジア大陸から日本に入ってきたもので、元々は仏様に捧げる音楽でした。雅楽は1400年経っても、当時のままの形や音色で、当時の人と同じように演奏すべきものなんです」
東儀さんの話によると、アジア大陸には、当時のままの楽器や楽曲は全く残されていないらしい。それらが残っているのが、地球上で唯一、日本だけ。日本人が日本の雅楽を守り続けているのだ。
東儀さんはその貴重な楽器のうち、3種類を紹介した後、それぞれの楽器を演奏してくれた。
17本の細い竹で作られた、見た目は複雑な楽器。その形は鳳凰が翼を立てている姿と言われている。複数の音を同時にだせるため、和音を奏でるのが主な役目。ハーモニカとは違い、笙は吹いても吸っても同じ音が出る。
「笙は「天から差し込む光の音」を表します」
なるほど、その音色を聞いて納得。まるでパイプオルガンだ。それもそのはず。笙はヨーロッパに伝わり、パイプオルガンやアコーディオンのルーツになったといわれている。
笙はこんなにも複雑な見た目をしているのに、比較的簡単に音を出せるそうだ。東儀さんが学校の演奏会で子どもたちに吹いてもらうと、子ども本人もびっくりするくらいのきれいな音色になるんだとか。
このエピソードから、講演の際に、東儀さんが聞いている人とのコミュニケーションを大切にしていることが伺える。これが、東儀さんの言う「興味のタネを蒔く」ということなんだなと感じた。
漆を塗った竹で作られ、表側に7つと裏側に2つの穴をもつ縦笛。
シンプルな見た目から、笙に比べると簡単に演奏できるように見える。しかし、篳篥(ひちりき)は音程が不安定なため、演奏するのは非常に難しく、かなりの技術が必要だとのこと。まるで人が歌うように、抑揚をつけて演奏できる楽器。
「篳篥(ひちりき)は「人の声」つまり「地上の音」を表します」
篳篥(ひちりき)はヨーロッパに伝わり、オーボエなど木管楽器のルーツになったといわれている。
竹で作られ、表側に歌口(うたぐち)と7つの穴がある横笛。副旋律を奏でることが多く、2オクターブの音域をもつ。
「その名の通り、龍笛は天と地の間を行き交う「龍の鳴き声」を表します」
龍笛は、和楽器の横笛全般のルーツであると考えられている。
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東儀さんは言う。
「雅楽は、笙、篳篥(ひちりき)、龍笛を合奏することが基本形。この3種類の楽器で完成するのが雅楽です」
「笙は天を、篳篥(ひちりき)は地を、龍笛は空を表している。雅楽の表現は、この3つ、天・地・空を合わせること。つまり宇宙を創ることと考えられています」
雅楽の表現は宇宙を創ること。なんて壮大なんだ。
雅楽って伝統的な古典音楽でしょ、神社とかで演奏してるあれでしょ、くらいの知識しかなかったわたしは、そのスケールの大きさに圧倒された。発祥から1400年経った今も脈々と受け継がれている理由、それがほんの少しだけ分かったような気がした。
雅楽は時代を超えた伝統的な音楽、という時間軸でしか捉えていなかったけれど、「雅楽は宇宙を創ること」という東儀さんの言葉からすると、空間軸でも感じることのできる音楽、それが雅楽なのだ、と知った。
時間軸にも空間軸にも伸びやかに広がる音楽。だからこそ、こんなふうに心の襞(ひだ)にまで届くような音色を奏でるのかもしれない。
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「音楽は、教科書のように文字と写真で感じるものではありません。音楽は実際に聞いてみて、楽器の音色を味わって、そこからなにかを感じる。それが1番なんです」
東儀さんはそう言った後、何曲か演奏してくれた。
① 「越天楽(えてんらく)」
1000年前からある、雅楽では最も有名な曲を笙で演奏。
「天から差し込む光の音」を表す笙の音色。幾筋もの光の束が心に届くような感じ。切なくなるような音色の膜が、空間全体に広がっていく。1000年前に生きていた人も、この曲をこの音色で聞いていたんだなと想像すると、壮大なロマンを感じた。
② 「ジュピター」
多くの人が耳にしたことがあるであろう「ジュピター」を篳篥(ひちりき)で演奏。
「これは、篳篥(ひちりき)でなければならない「ジュピター」なんです。僕はそこを大事にしている。篳篥(ひちりき)を使うからには、五線譜通りに吹くのではなく、工夫をして篳篥(ひちりき)の個性を最大限に引き出すように演奏したいですから」
東儀さんの言葉通り、今まで聞いたどのジュピターとも違うジュピターだった。やわらかく、とっくりとした波が打ち寄せるような、そんな音色。
③ 「ハナミズキ」
篳篥(ひちりき)の演奏を聴き、泣いた。「ハナミズキ」を聴いて泣いたのは初めてだ。
篳篥(ひちりき)の繊細な音色が会場全体に広がっていく。まるで長いトンネルの中で聞いているかのように反響し、懐かしさがこみ上げた。
参考動画はコチラ。
④ 「浜辺の歌」
篳篥(ひちりき)と笙を順番に演奏。広がりのあるふくよかな音色。
参考動画はコチラ。
⑤ 「ボヘミアンラプソディー」を含むクイーンのメドレー
篳篥(ひちりき)で、まさかのクイーンのナンバー。ロックと雅楽。最初はその異色コラボに驚いたが、聴いてみると分かる。それもまさに篳篥(ひちりき)でなければならない「クイーン」なのだと。
篳篥(ひちりき)の掠れた音色が、ウェットながらも、ほろ苦い感じを見事に表現していた。
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演奏がひととおり終わっても、1000人を超える会場の熱気はおさまらない。それほどまで、聴衆は東儀さんの話と演奏に魅了された。
東儀さんはアンコールに快く応えてくれ、アンコールでは「リベルタンゴ」を披露してくれた。
このセットリストからも分かるように、東儀さんは由緒ある雅楽の古典曲のみを演奏するわけではない。別のジャンルの音楽と組み合わせ、その異色コラボで雅楽の魅力を引き出そうと試みている。その演奏を通じ、聞いている人とのコミュニケーションを、東儀さん自身も楽しんでいるそうだ。
講演終了後、すっかり東儀秀樹さんのファンになった。
講演での語り口、伝統を受け継ぐ姿勢、雅楽の魅力を伝えたいという思い、音楽の力を強く信じ、音楽を丸ごと愛しているその様子。
それらが、この文章でみなさんに少しでも伝わったらいいなと思う。
心をわしづかみにされた、笙、篳篥(ひちりき)、龍笛の音色。東儀さんが蒔いてくれた興味のタネは、これからわたしのなかでどう変化していくのだろう。
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