【実話】ホテルで働いていたころ、警察から事情聴取をうけた話 ~完全版~
「ん?それでどうなんだ?本当は匿ってるんじゃないのか?指名手配のこの男、かなりのオトコマエだからな。こいつ、こんな顔して人をひとり殺してんだぞ」
3人の刑事のうち、真正面のこの刑事だけがずっと脅し口調、1人はなにも言わずにわたしをジッと見てるし、もう1人はやけに愛想がいい。
「センパーイ、そんなに怖い顔しなくても。ねぇ、カミーノさん、こんな言い方されたら、話したくても話せないよねぇ」
この状況なに?まるで刑事ドラマじゃん…
そんなわたしの思いを知ってかどうか、左側の刑事は1言も発することなく、ただジッとわたしを見ている。探っている、と言ったほうがいいかもしれない。
経緯はこうだ。
♢
ホテルチェーンに入社後すぐの半年間、あるホテルで研修生として働いていた。今から30年近くも前の話だ。あれは6月だったと思う。
有名な観光地の高級ホテル。週末や連休には特にたくさんのお客様で、ロビーは賑わいを見せる。
フロント勤務だったわたしは遅番の仕事を終え、フロント裏の事務所に入った。21時過ぎ。ホワイトボードに1枚の指名手配ポスターが貼られている。昨日、警察から市内全域の施設に配られたらしい。
あれ?この人・・・
その顔に見覚えがあった。
3日ほど前にチェックアウトしたお客さんだ。確か2泊していたはず。チェックイン、滞在中の鍵の預かり、チェックアウトもわたしが担当したので覚えている。
「あれ?この人知ってますよ。チェックアウトしたの、わたしなので」
そばにいた先輩にそう言った。
「カミーノ、ホントか?!今から部長に連絡しとく。カミーノ、明日早番だよな?早めに来い。朝イチで部長から話があると思うから」
♢
次の朝早めに出勤。宿泊部長、フロントチーフ、ベルデスクチーフと一緒に会議室へ。
そこで聞いたのは、妙な話。
指名手配のこの男性に見覚えのある人は、ホテルスタッフで誰1人いないのだという。フロントクラーク、ベルマン、ドアマンも覚えていないらしい。
「カミーノさん、写真よく見て。ほんとにこの男性だった?ちょっと似た感じじゃなくて、ほんとにこの人だった?」
「はい、この人です。間違いありません。わたしがチェックインしたから覚えてます。ロビーが込み合っていた夕方ころにウォークイン**で来た『榊原ようじ』(仮名)さんです。こんな感じの天パーでしたから」
(**宿泊予約なしで直接フロントに来ること)
その言葉を聞いたフロントチーフは「レジカード**を探してきます」と言って、大急ぎで会議室から出て行った。
(**レジストレーションカード/宿泊者カード)
その間、宿泊部長に『榊原ようじ』さんがチェックインした日時、宿泊日数、部屋番号を聞かれたので答える。
「カミーノさんの言うとおり、『榊原ようじ』さんのレジカードありました」
フロントチーフが戻ってきて、部長が確認する。
「今から警察に連絡するから、警察の人が来たらカミーノさん対応して。その間、仕事抜けていいから」
♢
小一時間後に3人の刑事がやってきた。わたしはホテルの小さな宴会場に彼らをとおし、向かい合って座った。飲み物をもってきた料飲部スタッフはいぶかしげな顔をしている。
そりゃあそうだろう。入社して数か月の研修生が刑事3人と向かい合っているのだから。ただならぬ雰囲気であることは一目瞭然だ。
10人ほどの会議をするような小さな宴会場が、ホテルらしくきらびやかな装飾だったことにホッとする。これが、ドラマの取調室のような場所だったらたまったもんじゃない。
3人の刑事は警察手帳を出し(初めて見た!)わたしと名刺交換をする。
「早速ですが。カミーノさんがこの男をご存じだと聞いたんですが、それで間違いないですか?」
指名手配のポスターを指さし、右側に座っている刑事がにこやかに聞いてくる。
「はい。知っているというか、覚えています。わたしがチェックインとチェックアウトを担当したので。滞在中『榊原』さんがフロントに鍵を預けて外出されたときも、わたしが鍵を預かったので。でも、レジカードに書かれている名前とは違うみたいですね、ポスターを見ると」
「人間っていうのは、罪を犯すときでも全くの偽名はつけない。1文字や2文字は本名を残す。まぁこれは今までの経験上だが」
真正面に座る刑事がぶっきらぼうにそう言う。
指名手配のポスターには『榊洋太』(仮名)と書いてある。ホテルのレジカードには『榊原ようじ』と書いてあった。
わたしは自分が覚えている『榊原ようじ』さん、もとい、『榊洋太』とのやりとりを全て刑事に伝えた。
左側の刑事はなにも言わずにただわたしをジッと見ていて、ときおりなにかメモしている。
真正面に座る刑事は椅子にふんぞり返って座り、怖い顔をして「で?」「それから?」とぶっきらぼうに言葉を挟む。
右側の刑事はにこやかに「なるほど」「そうなんですね」と愛想のいい相槌をうっている。
「でも、1つ不思議なんですよね」
右側の愛想のいい刑事が言う。
「他のホテルスタッフの誰1人として『榊洋太』を覚えていないんです。ポスターを見てもピンと来ない。フロントを20数年もやってるベテランのスタッフや、エントランスに常駐しているドアマンも。フロントにもロビーにもスタッフはたくさんいた時間帯なのに。
なぜカミーノさんだけが覚えてるんですかね、『榊洋太』を。研修生ですよね、カミーノさん。あなたはホテルで働きだしてまだ数ヶ月しか経っていない。
ベテランスタッフが覚えていない客を、どうして新米のあなただけが覚えてるのか。不思議じゃないですか、これは」
「どうして、って言われても。。。印象に残ってるとしか。。。チェックインとチェックアウトしたのはわたしですから。鍵をお預かりしたのもわたしですし」
「そこも引っかかるんですよ」
愛想のいい刑事が言う。
「1人の客がフロントに来るたびに同じスタッフが対応するって、そんなに何度もありますかねぇ。みんなシフトで働いてるでしょ。出勤してても常にフロントにいるとは限らない。休憩もあるだろうし、裏で事務作業もあるでしょうから。だけど、『榊洋太』がフロントに来た時に対応したのは毎回カミーノさん。不自然じゃないですか?示し合わせたんでしょ」
「示し合わせるってどういうことですか」
「例えば、連絡先を交換したり、とか」
「なんですかそれ?そんなことするわけないじゃないですか」
予想外の言葉に腹が立ち、思わず声を荒げてしまった。
左側の刑事を見ると、相変わらず強い視線でジッとわたしを見ているが、ひとことも言葉を発しない。手帳になにかをメモしている。なにを書いてるんだろう。
「仕事終わってから、どっかで会ったりしてないですかぁ?いま『榊洋太』がどこにいるか教えてほしいんですよね」
わたしが声を荒げたせいか、愛想のいい刑事がにこやかに言った。
--- 知るわけないじゃない!え、なに?これってわたし疑われてるの??
「犯人の居場所を知ってるのに、正直に言わなかったら罪になるんですよ。それくらい知ってますよね。ね?カミーノさん」
「はいもちろん。でも、知らないことを知ってるとは言えません。だって知らないんですから」
「そうですか、困ったな。じゃあ話を変えましょ。『榊洋太』が外出するときにカミーノさんが部屋の鍵を預かったって言ってましたよね。そのときの様子を話してもらえますか」
愛想のいい警官は質問をする担当なのだろうか。真正面の刑事は睨みつけるようにこっちを見ている。当時を思い出し、すべてを話す。
「その黒いカバン、外出するときに『榊洋太』が持ってたカバンはどれくらいの大きさでした?」
「結構大きかったと思います」
「女が1人はいるくらいの大きさか?」
真正面の刑事がつっけんどんに聞く。
「え?1人はいるってどういう意味ですか?」
「だから、榊が殺した女がそこに入っててもおかしくないかどうかってことだよ!」
--- えっ?!こ、殺した女?なにそれ。
つっけんどんな刑事は続けざまに言う。
「死体を折り曲げるか切るかしたら、そのカバンに入るかどうかってことだよ」
想像して気持ち悪くなる。なにそれ。
「いや、センパイ、なにもそんな言い方しなくても。カミーノさんびっくりしてるじゃないですかぁ」
--- あの黒いカバンに死体が入ってた可能性があるってこと?なにそれ。
--- フロントで部屋の鍵を預かったとき、爽やかな笑顔だったじゃん。死体をもってて、人ってあんなに爽やかに笑えるの??
わたしが覚えている『榊原ようじ』さん、もとい、『榊洋太』は疑わしいところなど微塵も感じさせない爽やかに笑う男性だった。フロントでのやりとりも他のお客様とはなんの変わりもなかった。
「ん?それでどうなんだ?本当は匿ってるんじゃないのか?指名手配のこの男、かなりのオトコマエだからな。こいつ、こんな顔して人をひとり殺してんだぞ。分かってんのか」
爽やかに笑う男性だったと思ったのを見透かしたように、真正面の刑事は声のトーンを上げた。左側の言葉を発しない刑事は、相変わらずジッとわたしを見て、なにかをメモしている。
--- わたし、疑われてるの?なにそれ。
「センパーイ、そんなに怖い顔しなくても。ねぇ、カミーノさん、こんな言い方されたら、話したくても話せないよねぇ」
「隠してることはないか?ほんとに今しゃべったことだけなんだな?」
「はい、そうです」
「じゃあ、言い忘れてたこと、後で思い出したことがあったらここに電話するように。隠してたらひどい目に遭うよ」
真正面の刑事にギロリとにらまれ、なにも悪いことをしていないのに身がすくむ思いだった。
♢
この件から2か月後、研修を終えたわたしは600キロほど離れたホテルに正式配属となり、引っ越すことになった。そのタイミングで、あの時の刑事から連絡が入った。
「あれからまだ見つからないんですよ、『榊洋太』。もしあの件でなにか思い出したら、必ず連絡してくださいよ」
わたしのなかでは過去の出来事になっていたのに、蒸し返されたような嫌な気もちになる。念のために教えてほしいというので、引っ越し先の住所と電話番号を刑事に伝えた。
半年間の研修中は、管理人常駐の社員寮に住んでいた。引っ越しの用意ができたので管理人さんに挨拶に行くと、こんなことを言われた。
「カミーノさんが引っ越すから言うんだけどね。実は、数か月くらい前からかな。刑事さんが月に1,2回来てね、カミーノさん宛の電話や郵便物の確認をしたいって。相手がだれか知りたいからって。捜査の一環って言われたら断れないしね」
30年前の当時は携帯電話もなく、社員寮に個別電話をひくことも許されていなかった。社員寮の代表番号にかかってきた電話を、管理人さんに取り次いでもらう形式だった。だから、電話も郵便も管理人さんがすべて記録として残していたのだ。管理人さんといっても同じホテルの人事部の人だ。仕方がない。
それを聞いて驚くと同時に、あぁ、そうかとも思った。ホテルから寮までの帰り道や休日、誰かにつけられているような気配を感じたことが何度かあったからだ。気のせいだと思っていたけれど、刑事から尾行されていたのかもしれない。
♢
正式配属されたホテルに勤めて3ケ月ほど経ったころだろうか。フロントデスクで仕事をしていたら、わたし宛に〇〇警察署から電話だと、電話交換台のスタッフが取り次いでくれた。
〇〇警察署??数秒考えて、あぁ、あの事件のことか、と思い出した。
電話に出るとあのときの刑事からで、『榊洋太』を逮捕したのだという。わたしとはなんの接点も見つからなかったこと、別のルートから捜査して犯人逮捕につながったとのことで、わたしに対する無礼を詫びる電話だった。
「いえいえ、捕まったんなら良かったじゃないですか」
少し皮肉を込めた口調で返す。
「そこでカミーノさんに1つお願いがあるのですが。あのときの黒いカバン、覚えてますか?あそこに入っていたのは、やっぱり女性の死体だったんです。で、あの黒いカバンを持っているときの『榊洋太』の姿を覚えているのってカミーノさんだけなんですよね。
要は、カミーノさんは参考人の1人なんです。だから逮捕したのが『榊洋太』であるかどうか確認してもらいたいんです。遠方にいらっしゃることは重々承知しているのですが、事件の解決のため署までご足労願えませんでしょうか」
刑事のなかでは、どうやらわたしの位置づけが変わったらしい。貴重な目撃者、ということか。前とはずいぶん違う、やけに丁寧な言葉遣いだ。
こんな機会は人生の中でそうそうあるもんじゃないと思い、行きます、と答えた。なんにせよ疑いが晴れてよかったと思い、ホッと胸をなでおろした。
(完)
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あとがき:
この記事は、野やぎさんの企画 #冒頭3行選手権に参加したあとに「よっしゃー!書くぞーー」と鼻息荒く書いたもの。実話です。
この話は「いつか書きたい」と思いつつ、物騒な話なので「うーん、やっぱりやめとこ」と46回くらい挫折。
野やぎさんの「YOU!冒頭3行だけ書いちゃいなYO!」の呼びかけと、冒頭3行だけを読んでくれたみなさんが「続き読みたいーーー」と背中をバシバシ叩いてくれたので、つんのめりそうになりながら書くことができました。ありがとうございます。
わたしは接客が好きだったこともあり、ホテルの『非日常感』に憧れてホテルに就職しました。
非日常感、タップリありましたね、ホテルは。毎日の仕事が楽しかった。
高嶋政伸さん主演のドラマ“HOTEL”ほどではないけれど、大小を問わず”Oh!”と思うような事件が数多くありました。
ホテルの仕事は大好きで、自分に向いていると思っていたのですが、結婚後に続けるのはなかなか難しい。
シフトワーカーで泊まり勤務もある。GW、お盆、正月はフル出勤がデフォルト。夫婦双方の実家サポートなしで子どもを育てながら働くのは無理だったので、退職を決めました。
そのころの同期の数人がまだホテルで働いているので、いまでもときおりホテルに遊びに行きます。あの非日常感、やっぱり大好きだなぁ。
野やぎさん、書くキッカケをくださり、ありがとうございました。