タイムマシン(ショートショート)
タイムマシンが発明された。ただし過去を覗くことしかできない。もし過去にいってしまえば、歴史が変更される虞があり、そうなれば大変なことになってしまうからだろう。未来については覗くことさえできなかった。
これで歴史的な謎の解明の大きな進歩になると歴史学者たちは小躍りして喜んだ。
まるでTVをみるように歴史的事実が解明されていくのである。しかも望んだ角度で、見ることができ、その意味でいえば、プロ野球のリクエストに似ている。いろんな角度からリプレイ検証を行うあれだ。
どこまで過去に遡れるかはわからない。卑弥呼の時代まで遡れば、ずっと謎だった邪馬台国の秘密にも迫れるかもしれない。
「とりあえず近い過去で、昨日の総理の記者会見の様子を見てみましょう」
発明した科学者グループのリーダーがいった。
「そんなの、面白くありませんよ。せめて100年前くらいから始めて下さい」
新聞記者の1人がいった。
「わかりました。ではどこらへんがいいでしょうか」
「5・15事件での犬養首相暗殺の現場がいいです」
いきなり血なまぐさい事件だ。だがいずれにしても歴史を見ると云う事は家庭のアルバムとは違って目を背けたくなるような事ばかりだ。
1932年5月15日、犬養邸にタイムカメラは移動した。
時間もセットしたので、丁度いいタイミングだった。
「話せばわかる」
「問答無用」
ズドン!
ガシャ!
いきなりカメラから何も送られなくなった。
「どうしたんです。これは」
「いやあ兵隊の撃った弾がタイムマシンカメラに当たって壊れたようだ」
「本当ですか。そんなオチ許せませんよ」
「でも5・15を指定したのは君達じゃないか。あんな蚊みたいな小さなカメラを撃つなんて偶然にしてはできすぎではあるが、仕方ない」
「予備はあるんでしょうね」
予備はなかった。でもとりあえずは犬養首相のビデオは撮れたので、記事にはなるはずであった。記者たちは満足して帰っていった。
ところが問題が起きた。犬養毅は死ななかったことになってしまった。なんであんな蚊みたいなカメラに当たっただけで命が助かったのだろう。科学者たちは頭を悩ませた。既に歴史が変わってしまったのである。
何がどうしてこうなったかはわからないが、今も日本は大日本帝国のままで、太平洋戦争もなかったことになってしまっていたのだ。
その代わり、朝鮮は独立し、台湾は中華民国になっていた。
「もう後戻りできんよ、君」
科学者のリーダーがいった。
日本は米国との戦争準備に入ろうとしていた。