【暮らしかた冒険家、コーヒー屋はじめるってよ。】ってことで、第15代ワールドバリスタチャンピオン井崎英典さんにいろいろ聞きまくってきたよ
コーヒー屋の立ち上げのコツってなんですか?
菜衣子:コーヒースタンドを始めようと思って、改めて井崎くんに話を聞きたいな、と。ことの経緯としては、岡崎に引っ越して「近所においしいコーヒー屋あったらいいのにね〜」って言ってるのにも飽きた頃に、きっかけをつくったら動き出すんじゃないかなぁ、と予感して。井崎くんの方がよく知ってると思うけど、私の夫が元々ワールドバリスタチャンピオンの店とかシアトルのカフェで働いていた元バリスタだから、そそのかして、月1で近所のゲストハウスの1階でPOP-UPコーヒー屋やってみたんですよ。
井崎:なるほど。
菜衣子:そもそも、夫の淹れるコーヒーはそりゃぁおいしいんだけど、バリスタ以外にもやりたいことがあったから今は別の仕事をしてるじゃない。だから、お店となると本気でバリスタになりたい人にまず出会いたいなと思ってね。
井崎:で、こないだの彼か!
バリスタ森山は「ヤバい、画面の中の人が目の前にいる」と
この直前にささやいてました
菜衣子:そうそう。で、メンバーが揃ったし、コーヒー屋さんをしようと宣言したのは良いけれど、金銭的には、想像はるか上のだいぶ厳しい戦いなんだなぁ、っていう気がしているんだけど、ご両親もコーヒー屋さんだし、世界中の事例を知ってると思うけどどう?って、いきなりお金の話から始まりますが…。
井崎:そうなの…(苦笑)。だから、僕のひとつのテーマはバリスタっていう仕事を、稼げる仕事をしたいと思ってる。結局、バリスタをやりながら家族に良い生活させてあげるって、現状は、ほぼ無理なんですよ。悲しい現実として、結婚したり、子どもが生まれたりするタイミングで、バリスタを卒業しちゃう人も多いよね。
菜衣子:やっぱりそういう世界なんだねー。
井崎:2014年に世界チャンピオンになった後、過去の世界チャンピオンの動向をいろいろ見たけれど、生豆を扱ったり、焙煎の方に行ったりで、バリスタってフィールドでやってる人いなかったんだよ。それで、自分が戦えそうなとこってどこかなってマッピングして見たときに、大手のコーヒー屋向けのコンサルタントっていなかったんですね、その当時って。
菜衣子:世界チャンピオンになってもか!ちなみに、Fuck資本主義くらいな感じのサードウェーブの流れを考えると、結構タブーな気がするけど、どうだったの?
井崎:そう、魂売った感がすごいあったんですよ。でも、一般的なコーヒーって苦くて香ばしいものっていうイメージがある中で、それに慣れた人たちの「何この酸のすごいコーヒー」みたいな印象になりがちな、スペシャルティコーヒーとのギャップを埋めるようなことができたら面白いんじゃないかなと思って。
菜衣子:たしかに最初にスペシャルティコーヒー飲んだ時、衝撃を受けたもんな。逆に、今までは、豆そのものの味を楽しむというよりは、焦げた部分をコーヒーの味だと誤解してたってことだと思うけど。
井崎:そのためには、コマーシャル(商業的な)コーヒーも、良くしていかなきゃいけなくって。
菜衣子:スペシャルティコーヒーのマーケットを広げるためにだね。
井崎:そうそう。だからF1の技術を大衆車に生かす作業と一緒で、コーヒーでそういうことをやるコンサルタントをやってきた。マクドナルドとかLuckin Coffeeとかね。僕が関わったコーヒーは、いま全世界で、年間1億杯くらい出てる。
菜衣子:すごいなぁ。私は、ONIBUS COFFEEの坂尾篤史くんと、かれこれ10年くらいの付き合いで、ウェブをつくったりもしてきたけど、あのころ、コンビニで「スペシャルティコーヒー」の文字を見る日が来るなんて想像もできなかったよ。だから、大衆とスペシャルティコーヒーがずいぶん近づいて来たなぁ、って驚いている。そして、まさか自分がコーヒー屋をはじめるとは思ってもいなかったなぁ。みんなが育ててきたスペシャルティコーヒーのカルチャーを、ちゃんと大事に繋げる店にしたいな。
井崎:で、開業資金どうするんすか?借り入れるんですか?
菜衣子:お、また現実の話に戻ったな(笑)。貯金はたいてでできる範囲で、お店の小屋はDIYでつくる。「高品質低空飛行」って暮らしかた冒険家のモットーなんですけど、そんな感じで。あとは、のちのち必要になる電気工事と小屋のアップデート費用と運転資金をクラファンで募ろうと思ってる。
井崎:アイルランド・バリスタ・チャンピオンシップで4度優勝を果たしたコリン・ハーモン(Colin Harmon)の「カフェの経営について私が学んだ事」をぜひ読んでみて。俺らが訳した日本語訳があるから。ナイトクラブのロビーにあった1人用のコーヒーカートから今もう5店舗くらいやって大成功しているからね。いかに初期投資を抑えるかだよね。かっこよくしたらお客さんが来るっていうわけではないので。
コーヒー屋の役割ってなんだろう?
菜衣子:コーヒー屋の役割ってなんだと思います?
井崎:最近はコロナになって、どう変わったかみたいなインタビューとか、SCA(Specialty COffee Association)の調査もあるんですけど、世界的に見ても、コーヒーショップって、コミュニティハブだったんですよ。だから、コミュニティ形成に成功しているコーヒーショップが生き残るんです。
菜衣子:たしかにコロナで人と約束して会う機会が減ったけど、もうダメだ!人に会いたい!ってときに、顔なじみの飲食店に行ってる。で、ランチでもディナーでもない時間帯にそういうの欲しいなぁ、って切実に思ったんだよね。
井崎:日本的に言うとスナック的な店ですね。スナックって、別にお酒を楽しみに行くわけじゃない。そこのママや常連さんに会い行くみたいなのが、ビジネスモデルみたいになってる。行く理由っていうものを、きちんとつくることが大事ですよね。
菜衣子:うんうん。私は今回、このお店のオーナーではあるんだけど、それ以前に常連客になりたいんですよ(笑)。
井崎:そこを上手く絡ませれば良いんじゃないすかね。暮らしかた冒険家として、なんでコーヒーがあったら人生豊かになるのかを、発信すれば、絶対に共感してくれる人は多いと思いますけどね。特に子育て世代とか、来てくれると思うんだけど。
菜衣子:だといいなぁ。子育てと仕事の切り替えに、何気ない会話と美味しいコーヒーがあったら良いなと切実です。あと、仕事でくじけそうなときね。
井崎:属性を絞るのはすごく大事だとは思うんですね。どういう人に来てほしいか考えてると思うんですけど、それが自分たちの強みに合致しないと意味がないと思うんです。
菜衣子:うんうん。
井崎:だから例えば、僕がコーヒーショップやったとして、インスタ系女子に来てほしいっていうのは、ちょっと難しい。自分の強みと、やっぱ外的な要因というのも掛け合わせて、戦略を決めてった方がいい。だから一番わかりやすいのは、菜衣子さんと同じような世代の子育てしている女性じゃないかな。
菜衣子:うんうん。平日は一人で来て、週末はファミリーで来てくれたりしてもいいなぁ。あとは、私と同じように、孤独にクリエイティブな仕事している人とかね。ぜひ、共感力高めのうちのバリスタの森山に癒されてほしいです。
嗜好品としてスペシャルティコーヒーもある暮らし
菜衣子:おいしいスペシャルティコーヒーのある暮らしって、豊かだなぁ、と感じるんですけど、これはどう説明してます?
井崎:難しい。人それぞれあると思うんだけど僕の場合で言うと、美味しいものを食べる、飲むっていうのはやっぱ人生の豊かさに直結するんですね。僕、大学のときに、タトゥーとカニバリズムを研究してたんですよ。
菜衣子:意外な研究してるって気がしたけど、どうして?
井崎:カニバリズムする理由って、その人の一部を取り込んでより良くなりたいとかね。タトゥーそうですね、魔除のために掘ったり、いわゆる呪術的なアニミズムとの関わりもある中で、結局はよりよく生きたいって願望なんじゃないかなと思うんですね。タトゥーとかカニバリズムっていうのは、全世界的に同時多発で起きてる話なんですよね。だから睡眠、食欲、性欲以外のすごく高度な欲求に、より良く生きるっていうのが、やっぱ人間の根本にあるんですよね。
菜衣子:なるほどなぁ。
井崎:コーヒーの話に戻すと、昔はスペシャルティしか飲んじゃダメだと思ってたんですよ。今は、コンビニでも新幹線でも飛行機でもコーヒーを飲むよね。マックはやってるから、よく飲むし。100円にしてはクオリティすごいなと思う。だけど、トップスペシャルティの、みんなは持ってないようなものとかも飲ませてもらうわけですね。食事で例えるなら、町中華のチャーハンもおいしいし、世界一のレストランのnomaもおいしいんですよ。その「おいしい」の幅があることで、嗜好品がより楽しめる。嗜好品って人生を豊かにするものだと思うから、僕のコーヒーライフは昔より楽だし、豊かで幸せなんですよ。
菜衣子:その変化はどうして起きたの?
井崎:昔って、スペシャルティコーヒーは、カウンターカルチャーだったから。 コマーシャル?まじファックくらいの感じに思ってたの。でも、僕の仕事っていろんな人にコーヒーブレイクを届けるって事じゃないですか。何でコーヒーブレイクが大事かっていうと、僕は人生を豊かにするものと思っているから。だからコーヒーが、スペシャルティかコマーシャルかとか関係なくて、より良く生きたいという願望を満たすのであれば、それは誰しもが享受すべきものだと思ってるんですよ。
菜衣子:そうか、人生の豊かさと、コーヒーのクオリティがイコールとは限らないっていう気づきがあったんだね。
井崎:だから最近は、デカフェもやってる。
(デカフェ:特殊な製法で、コーヒーからカフェインを抜いたコーヒー)
菜衣子:ほんと、妊娠中と授乳中にカフェイン控えなきゃっていうのは、至福の時間をひとつ手放すような感覚があったよ。おいしいカフェインレスのコーヒーっていう選択肢がほぼなかったからね…。井崎くんのヤバいデカフェが、カフェインアレルギーの人とかにも、ちゃんと届くといいなって思ってる。
スペシャルティコーヒーを知らない人に、届けるには?
菜衣子:スペシャルティコーヒーをまだ飲んだことない人にコストというハードルを超えて、楽しんでもらえるにはどうしたらいいのかな?
井崎:僕なりにいつも考えてるんですけど、結局いつも話すのはイタリアの3回バリスタチャンピオンになってるフランシスコ・サナポ(Francesco Sanapo)のことなんだけど。サナポが、フィレンツェのネーリ通り(Via dei Neri)でDitta Artigianaleを開店した2014年ころ、イタリアでスペシャルティコーヒーなんて正気の沙汰じゃないんですよ。
菜衣子:コーヒーカルチャーが根付いているからこそ、スペシャルティコーヒーが異物だったのか。
井崎:イタリアでは1ユーロ以下っていうのが暗黙の了解なんだけど、彼のとこのエスプレッソって、1.5ユーロなんですよ。オープンして、朝お客さんが入ってきて、エスプレッソ頼まれて、エスプレッソ出して、1.5ユーロって伝えたら、お客さんめっちゃ怒ってたんだって。「ぼったくりやんボケ」って言ってね。で、1.5ユーロぶん投げて「こんな酸っぱいコーヒー飲めるか」って帰ってったって。
菜衣子:それは、お互いに不幸だし、気まずいね。
井崎:で、しばらく経って店がどんどん賑わってきて、人気になってきたころ、そのお客さんが前を通ったとき、サナポは声をかけて「今回は俺が奢るからもう1回コーヒー飲んでくれ」と。で、その後そのお客さんはDittaの1番のファンになった。俺も会ったことあるんだけど、ミスター1.5ユーロって呼んでる(笑)。
菜衣子:要するに、サナポさんの熱意や心意気の虜になったんだね。
井崎:サナポが素晴らしいから、そのお客さんはファンになって、結果としてスペシャルティコーヒー飲んでるわけでしょ?ミスター1.5ユーロは今、ゲイシャとか飲んでるわけ、エスプレッソで。だからコーヒーなんかぶっちゃけ重要じゃなないんだよ。スペシャルティコーヒー業界の人はね、1番重要なこと忘れてる。コーヒーじゃないから、あなた自身の魅力だから。お客さんはあなたが好きだから来るんです。
菜衣子:自分の飲食店での体験談からすると当たり前なことだけど、お店をやる方になると、忘れがちな視点だねぇ。
井崎:俺、ぶっちゃけいうと世界で一番好きなエスプレッソです。サナポのイズムを引き継いだバリスタが「Ciao! Hide」って言って、すぐエスプレッソが出てくる。で、すごくおいしいとかじゃなくて、究極の普通ですよ。でも楽しいじゃん。
菜衣子:ラテン全開だね。でも知ってるよ。井崎くんの言う普通って、ある一定ラインをちゃんと超えてなきゃならないってことくらい(笑)。うちの夫も、Switch Coffeeの大西くんも「普通、普通」って言うけど、全然普通じゃないもん。大会の80点ってやつだよね?
井崎:そうだね(笑)。でも、美味しいは、いっぱい定義があるから、それは自分たちで決めればいいと思う。で、自分たちの美味しいを目指していけばいい。今度行きます、岡崎。
菜衣子:わーい、待ってます!店の前の公園は、夏はめっちゃ楽しいからね。地面から噴水でるやつあるから、子連れで、ぜひ。
井崎:あ〜、あの子供がおむつで走り回ってるやつ?!あれ楽しいね〜。いいじゃんいいじゃん。
菜衣子:ということで、コーヒースタンドをフックに、いろんな人に遊びに来てもらうのも、私はとっても楽しみです。今日はありがとう!
\ SHOP INFO /
店名:COFFEEと______ (読み方:こーひーと)
場所:愛知県岡崎市 籠田公園のとなり
(籠田公園に隣接する民家の庭に小屋を建てます)
営業日:当面は土、日、月曜日
営業時間:7:30-16:00(予定)
オープン日:小屋ができ次第プレオープン
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