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小泉悠『ウクライナ戦争の200日』読んだ

ウクライナについての知識をゆっくりと増やしている。

そのような作業の一環として本書を購入した。

いまや各種メディアで引っ張りだこの丸の内炒飯OLこと小泉悠氏の対談集である。

全体の感想としては、私たちはどんなハイテク兵器を作り出したところで土から離れて生きることはできないということだ。つまり戦争の中核はあいもかわらず歩兵ということだ。

対談の中で、ヨーロッパの平原で歩兵と火力で殴り合う戦争が22世紀に起こるのはやや想定外だったという発言が何度も出てくるのだ。

戦争の行く末については、歩兵の数と士気に勝るウクライナだが、NATOの火力支援が小出しなのでロシアを追い出すには至らない。
ロシアは士気が低い上に地の利がない、また核を使うのはさすがにやばいと考えているらしい。
そしてNATOも核戦争は避けたいので、ロシアを刺激しないよう兵器供与は最小限になるほかない。
とするとウクライナ東南部で、年単位の消耗戦が続くのではないかと、多くの専門家はうっすら想定しているらしい。

こういうことがわかっただけでも本書を読んでよかったと思う。


対談のトップバッターは東浩紀氏。ゲンロンでロシアと深く関わってきた東氏は適任であるように思われる。

ロシアの国内向けプロパガンダは胡散臭いが、世論で動く西側も信頼しにくいという発言は印象に残った。


次は芥川賞作家で元自衛隊員の砂川文次氏。

軍人はぺちゃくちゃ喋らない、日本の文学における軍人は喋りすぎだとの指摘は面白かった。


兵士の視線で語る砂川氏に大して、元陸自幕僚の高橋杉雄氏はより大きな視野を提供する。やっぱり今次の戦争におけるロシアの初動は不可解だったらしい。そしていったん引いて建て直したあたりは、さすがロシアって感じだったらしい。

そのへんのことは素人にはよくわからないけど、さまざまな軍事思想をもとに現実におこっている現象を解説してくれるので面白かった。


『この世界の片隅で』で有名な片渕須直監督との対談は最もエモい。そりゃ戦時期の日常を最高の形で描いた映画監督がいればそうなるだろう。

「裏の畑で水やってたらその向こうに軍港があって戦艦大和が浮いてる」までを、ひとつながりで見せる、その空間のつながりを作れるのこそがアニメーションの強みだと思ってやってきました。

そういう感性だから、ウクライナから毎日アップされるスマホで撮影された画像からさまざまなことを想像してしまうのだろう。

そして監督は、現実におこっている危機との距離感を縮めてくれるという意味で、スマホの普及とSNSを肯定的に捉えている。ロシアもフェイスブックなどのつながりを残しておくべきだったのではないかと指摘している。


安田峰俊氏とマライ・メントライン氏の鼎談もなかなかおもしろかった。

日本の右派や左派にもいるが、ロシアや中国は基本的にアメリカがなんとなく嫌いという風潮がある。だから中露の人々は政府の流す反西側的プロパガンダを信じやすい。

ロシアからみると日本は核兵器をアメリカに依存しているがために主権をもたない国家のようにみえる。日本は基本的に、アメリカの意向にしたがって嫌がらせしてくる存在でしかない。プーチン大統領が安倍晋三の家族に弔電を打ったのは、彼が数少ない例外だったからだと佐藤優氏は指摘していた。

ドイツにとってロシアは我が事だが、中国はそうでもない。日本にとってまず中国で、ロシアはその向こうにあるヨーロッパであり隣国という意識がない。

ドイツにもプーチン的なものを受容する土壌はある。旧東独では「統一負け組」といわれる貧困層がおり、彼らはロシアやプーチンに同情的らしい。

またドイツはナチスの反省もあり、愛国心を持ちましょうとは言いにくい。お国のために死にましょうなんてなかなか言えないだろう。だがロシアも少子化でかつてほどは命が安くはなくなっている。動員をかけるときどれくらいすんなり受け入れられるか微妙である。
もちろん一人っ子政策の中国も同じ。みんな自分大事、自分大好きなので、簡単に死者は出せない。本当に台湾を侵略できるのか、、、

しかしコロナで明らかになったように命の重さに地域差があるのが中国。上海や北京の人は死にたがらないだろうから、辺境の人々を矢面に立たせるのかもしれない。



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