silent4話を観て。湊斗は自己中、それでいい。
そんな趣旨の感想を多く目にする。間違いではないと思うが、いくつか思うことがあるので吐き出す。
「湊斗が優しい」は他者からの評価である
当たり前だが、「湊斗が優しい」とは湊斗以外から見た視点での評価である。もっと言うなら、紬からの視点と言ってもいい。
湊斗はおそらく、自らが優しい人間であると心の底から思っているわけではない。
むしろ、紬への接し方における想との差別化のため、優しさ・奉仕の方面を頑張って尖らせて尖らせた結果が今の湊斗なのである。
もちろん、尖らせようと思って尖らせることができるほどには元から優しい人間ではあるのだろう。しかし「主成分優しさ」という状態は、明らかに紬に対する過剰な優しさの肥大化を物語っている。
決壊した虚構の物語
割り切れない想や紬への感情を、無理やり割り切ってきたように見せてきた(湊斗自身にも)のがこの8年間であった。自分の中で想を悪者にした「物語」を紡ぎ、なんとか気持ちに折り合いをつけてきた。その"無理やり"が崩壊した原因は、悪気の有無にかかわらず間違いなく想との再会にある。
想は変わっていなかった。湊斗にとっては頑張って変わろうとしてきた8年間だった。
友達から彼女になった紬。
親友から彼女の元彼になった想。
紬のために過剰に肥大化させた優しさ。
紬に勧める動画としては、犬猫よりもパンダ。
紬がしんどいときには何よりもコンポタ。
頑張って自らを進化させ続けることが湊斗のできる唯一の「物語」の紡ぎ方だった。しかし、想は相も変わらず、疑いようのない親友として目の前に現れてしまった。「物語」は決壊し、もう元には戻らない。
全部相手の好きなようにさせるのは、実は優しさじゃない
そう、そんなことは湊斗もわかっている。でも湊斗にできる優しさの方向性としてはそれが一番得意で楽だった。
特にこだわりなんてない。何食べたいか聞かれても、本当になんでも良いから紬に任せる。好きな映画だって特にない。紬が良いって言ったものは観る。
決断力がないとまで言うと言い過ぎだが、確実に受動的な人間であることは事実である。
時には決断をする優しさだってあるし、自分から何か"好き"を共有する自発性があったって良いはず。そんなことは大前提わかった上で、想との差別化のためにその方面での努力は見ないことにした。想に音楽を勧められていた紬を、思い出してしまうから。自分は違う方法で戦わなければならないと、得意で楽な方にある意味で逃げ込んだ。
4話にて湊斗はそんな自身を「つまらない」と想の前で卑下する。
心の底では真の優しさとは思えない過剰な"奉仕"を、この3年間続けてきた。ただ、虚構の物語を紡げているうちは、それを優しさだと思い込むことができた。想は悪者で、想とは違う方向で頑張っている自分は優しい。実に明快な対比である。
しかし、現実は二項対立では語れない。
想が悪者でないと受け入れた瞬間、親友を一人取り戻した代償に、今までの虚構は崩れ去る。自らの優しさの"つまらなさ"と対峙せざるをえなくなった湊斗。そしてそのつまらない優しさを過剰に続けることから解放された湊斗。
別れを切り出した理由は優しさではない。本人が言っている。「自分がしんどい」から別れるのだ。湊斗に優しさというラベリングを押し付けてこの決断を非難するのは、紬視点の歪んだ湊斗像を我々視聴者が好きになってしまっているからに他ならない。
自己中と非難するよりも、歪んだ奉仕をし続けた3年間から解放され、自己を表現できるようになった湊斗の「本質的な進化・変化」を讃えるべきだと個人的には思う。
とはいえ「副成分の優しさ」は忘れない
「主成分優しさ」からの解放を実現した湊斗であるが、もちろんダークサイドにわかりやすく落ちるような男ではない。そんな男だったら分かりやすくこっちも嫌いになれる。
「自分がしんどいから」という理由をわざわざ想に言った事実に着目したい。もちろんこれは本心で、それは先述したような呪縛からの解放を示してもいるのだが、この発言には優しさが確実に隠されている。
想や紬のために自分が身を引くという物語の方が、今までの湊斗らしくはある。しかしそれを言われた想はいい気分はしないだろう。実際「それは違う」と想ならはっきりと湊斗に伝えるはずだ。
そこで「自分がしんどいから」とあえて自分本位な理由づけをする。別れたあとに想が必要以上に自分を責めないように、湊斗自身のための決断であることを強調する。
こういった副成分的優しさも当然のように持ち合わせているのが湊斗なのだ。「主成分優しさ」から降りたとはいえ自己中に振り切っているわけではない。むしろその自己中心性をちゃんと「言葉にする」という優しさもある。歪みのない、湊斗の素の優しさの発露と私は読み取った。
まだ4話とは思えない密度。半分も終わっていないこの現状に感謝しながら、5話を待ち続ける生活が始まる。